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main_5236.JPG小代焼
岱平窯
坂井博樹-玉名郡-
1970年生まれ。同年に初代で父の岱平(政治)氏が南関町で開窯。高校卒業後、天草陶磁器の窯元「丸尾焼」で2年間修行し、父亡き後は2代目として母・理知子さんとともに作陶を続けている。西日本陶芸美術展入選、県美展入賞など

小代焼の繁栄を築いた瀬上窯跡、瓶焼窯跡が、玉名郡南関町宮尾に残されている。この地に思いを寄せ、岱平窯の初代・岱平(政治)さんが築窯したのがは1970年のこと。1983年以降は、それまでの単窯から「割竹式登り窯」へと変わり、古式の小代焼特有の素朴で力感にあふれる作品づくりが行われてきた。

 しかし、1986年、政治さんは他界。高校時代に父を亡くし、後を継ぐ決心を固めたという博樹さん。高校を卒業すると2年間、天草の窯元で修行。20歳の若さで帰窯した。

 「幼いころから主人の手伝いをしていましたから」と語る母の理知子さんは、開窯のころから先代の作陶をサポートしてきただけに小代焼のいろはを体で覚えてきた心強い存在だ。「後を継いだ当時は“博樹君ができるまで待っているから”と大皿や多くの注文をいただいたりして、皆さんに支えていただきました」と、当時を振り返る。
 小岱山で採れる鉄分の多い胎土に熊笹、ワラ灰を原料とした自然の釉薬を使い、高台には“ともえ”の渦巻きを刻み五つの徳を特徴とする「五徳焼」の手法を今に伝える。

 粘土からすべて手作りとあって、材料の準備までに手間がかかる。土濾しは毎日の繰り返し。小岱山から掘り出した粘土を乾かし、小さく砕き、水を張ったタンクに入れ一昼夜沈めたあと、沈殿した良い部分だけを取り出し水分を切り、昔ながらの土瓦の上に粘土をのせて、天日で乾燥させる。釉薬も手作りで、青、白、黄色が基本色。原料は山から切り出した熊笹やワラを燃やした灰といった自然のもので、同じ釉薬でも使う灰によってまったく違う雰囲気になる。さらには薪(松や杉)を整理する作業も一苦労だ。これらが整ってようやくロクロ作業へ。成型した後は素焼きを経て30時間以上も要する焼成を年間6回ほど行っている。とにかく、体力勝負。それでも「無から作品が生み出されていく過程は本当に楽しいですね。」と母・理知子さんと笑う。自然の恩恵に感謝しながら、今日も親子で力を合わせて器作りに励んでいる。

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母・理知子さんが引出物用に作ったナスビ形の皿。小代焼の代表色である黄小代と白小代でも、釉薬の使い方で印象が変わる
【※作家さん所有の作品です】

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(左から)コテ、ヘラ、なめし革、しっぴき、カンナ。奥は完成した器の裏に押す印鑑

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小代焼の特徴である鉄分の多い原土は、3、4年に一度のペースで小岱山から掘り出してきたもの

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原土を乾燥させて砕き、水に漬け込んで撹拌して網濾しすると、純度の高い粘土用の土に

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岱平窯のすぐそばに残る瀬上窯跡で出土されたロクロ跡。車壺と呼ばれ、地面に穴を掘ってすえられていた

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博樹さんの作品。孟宗竹(もうそうちく)釉が模様を描くそばちょこ(手前)や黄小代の汁碗、ワラ白釉のロックカップなど。青小代でも花瓶やコーヒーカップ、ロックカップ(右手前)のように焼成温度や窯の置き位置によって二つとない色が生まれる
【※作家さん所有の作品です】