main_5483.JPG刃物
隈部刃物製作所/鍛冶屋名 寛助(かんすけ)
隈部寛(ひろし)-下益城郡美里町-

1921(大正10)年、初代・隈部直氏が鍛冶を開始。その後、日常の手打刃物製造へと移行。1949年には宮家へ鍬(くわ)や包丁を献上し、菊一文字の御紋を賜る。2代目・助直氏の後を継ぐ3代目の寛氏は1957年熊本県下益城郡美里町(旧・中央町)生まれ。熊本県伝統工芸協会の理事を務める

 「隈部刃物製作所」の歴史は鍛冶から始まった。初代・直さんは全国的にも知られるほどの名匠。天皇家へ鍬や包丁を献上し、菊一文字の御紋を賜ったほどだ。現在3代目を継ぐ隈部寛さんは19歳からこの道を歩み始めた。「仕事らしい仕事が出来るようなったのは15年ほど経ってから。奥深い仕事です」。主に作っているのは包丁、鎌、鍬。機械用の刃といった特殊なものから現在では製造されていない昔の道具まで、依頼があれば応じている。「依頼して下さる方を見れば、適した刃の重さや大きさ、厚みの見当が一目でつきます。年齢や性別、体型によって使いやすさは違いますから。」

 「安土桃山時代から鍛造技術が受け継がれ、その技術が凝縮したものが本来の鍛造。しかし量産体制や製造方法の簡略化のために、その作り方が変わりつつあります。本来の鍛造方法とは違う包丁でも、何も知らない人はその包丁を使って“切れ味はこの程度か”と思ってしまう。恐ろしいことです。」隈部さんの刃物は火入れに炭を使った、昔ながらの割込鍛造。毎日使い続ける包丁でも25年近くもつという。使った人は、「ハズレがない。」と口を揃えるが、「持ちが良いので、買い替えされない今の世の中にはあわないかも。」と冗談まじりに笑う。 

 隈部さんが用いるハガネは、最高級といわれる“青紙”のみ。熱した極軟鋼(地鉄)の間に青紙(ハガネ)を割込み、ホウ酸を原料とする接着剤を振り掛け、何度も打ち伸ばしながら包丁の形に。打った刃はワラ灰に約4時間入れて、ゆっくり冷ましながら外の汚れを取り除く。この一手間で粒子が美しく整うのだという。「焼きなましのあと焼入れするのが基本。これをしないと、良い刃物に仕上がりません」。型にあわせて切り出し(型出し)、荒研磨の後、焼入れを行うが、工程の中でも最も気を使う作業。焼き過ぎたらすべてが台なしになってしまうため、焼き色の微妙な変化を見極められるよう作業は夜に行う。熱した刃を一定温度の水に浸けて硬さを出すが、水温をよその鍛冶場に明かすことはないという。それだけ出来映えが変わってしまうからだ。「刃は硬すぎても刃こぼれしてしまうので焼き加減が難しい。薬(接着剤)を付けるとき以外は、温度を上げすぎないのがコツです。」温度の見極めは、長年の勘がものを言う。「職人として年数を重ねると、そのまま停滞してしまう人と成長し続ける人に分かれる。技術をしっかりと守りつつ、恥じない仕事を心がけています。」

 現在は一人作業だが、「中学生の次男がこの仕事に興味をもっていて」と嬉しそうに語る隈部さん。「技術は教え込むよりも見て体で覚えるもの。次を担ってくれる若い力は大事ですから、今から待ち遠しいですね。」


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カナヅチと刃を掴むハシはすべて手作り

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鎌、包丁、ナタなど用途によって、大きさの違う極軟鋼(地鉄)やハガネを使い分ける

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取材した日はちょうど、鞴(ふいご)祭りの日。旧暦11月8日に全国の鍛冶場や刀工では仕事を休み、供え物をして仕事の安全を神様に祈る

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手元

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作品
【※作家さん所有の作品です】