main-papa 6666.JPG人吉・球磨刃物
蓑毛鍛冶屋
蓑毛 裕(みのも ゆたか 号:友光)-人吉市-
1934年人吉市生まれ。中学卒業と同時に7代目のもとで鍛造技術を学ぶ

main_minoru 6674.JPG人吉・球磨刃物
蓑毛鍛冶屋
蓑毛 稔(みのも みのる)-人吉市-
1962年人吉市生まれ。高校卒業後すぐに父・裕氏に師事。展覧会入選やグループ展に出品するなど、活動の幅を広げている

 熊本県南部の人吉市。相良藩時代は数十軒に及ぶ鍛冶屋を城下町に集め、戦が始まると武具を作らせていた歴史をもつ。人吉・球磨地方には今もいくつかの鍛冶屋が点在しているが、なかでも国道219号沿いにある「蓑毛鍛冶屋」は、寛政以前の時代から数えて200年以上、火を絶やすことなく鍛冶を続けてきた。70歳後半となった今なお現役の8代目・裕さんが鉄を鍛え、息子で9代目の稔さんがそれを仕上げる。

 製作の中心は家庭用の料理包丁だが、加えて人気を集めているのが、稔さんが考案したデザインナイフ。革鞘に収められた刃は、小型ながらカーブに沿ったシャープな刃先が鋭く光り、柄の部分の鉄がズシリと重厚感を醸し出す。使うのが惜しくなるほど優美なデザイン性に富んでいるが、昔ながらの割込み鍛造によるその切れ味に、疑う余地はない。

 父の裕さん曰く、「鍛冶屋は1から10まですべて真剣勝負。手を抜くことは出来ません。鍛造というと鉄をひたすら叩く印象があるかもしれませんが、それだけではいけない。目で確かめながら、均等な厚さに延ばしたり刃の硬さを見極めることが必要です」。

 加熱と鍛錬を繰り返し、火造りを終えた刃物はワラ灰の中で6時間以上寝かせて焼なます。地鉄と鋼を一体化させ、粒子を整えるのが目的だ。これを成型して、ようやく焼入れの作業に。その後も焼き戻しなどいくつかの工程を経るが、その良し悪しが稔さんの引き継ぐ仕上げに影響するため、一つの工程たりとも気が抜けない。「芯の鋼が均等に表に出てこないと切れ味が鈍ります。そのためにも焼入れした刃を叩いて歪みをとるなど、気を付けています」。

 稔さんが担当する研ぎには目の異なる砥石をいくつも使い分けるが、なかには天草陶石と同じ鉱脈からとれる天草砥石も。こうして細心の注意を払いながら、ようやく完成する1本の刃物。何十年も使い続けることができる逸品を数千円で手に入れると考えれば、画一的な型押しの量産品より断然、価値があるのではないか。

 親子ゆえにぶつかることも多いのではと尋ねてみたが、「喧嘩して険悪な気持ちのままでは作品にまで影響してしまいますから」と語る稔さんに対し、「黙っているのが良い関係を保つ秘訣」と冗談まじりに笑う父・裕さん。互いに口数こそ少ないながらも息のあった連携で次々と刃物を生み出していけるのも、血のつながった親子でこそだろう。



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鍬などを作る場合は、刃先にハガネを接合して作る

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包丁や鎌、鍬など、作るものによって炉の火加減を調整。吸い上げた油と風を呑み込、猛々しく荒れ狂う炎との闘いだ

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【※作家さん所有の作品です】