熊本の工芸家紹介

main_3649.JPG【手打刃物(てうちはもの)】
盛高鍛冶刃物(もりたかかじはもの)
盛高(※) 経博(もりたかつねひろ)-八代市-
1293年頃、福岡県太宰府宝満山の僧門の刀工・金剛兵衛源盛高を祖師とする、宝満山の修験者の刀工が始まり
筑前国で13代、さらに妙見宮(熊本県八代市宮地町)修験者の刀工として13代、あわせて700年の歴史を数える
27代目になる経博さんは1972年熊本県八代市生まれ

※…「高」は、はしご高です

 龍の如く、荒れ狂う炎。炉の口からゴウゴウと噴き出すその中へ、至近距離から鉄の塊を入れて熱を加えていく。盛高鍛冶刃物が扱うのは、包丁やペティナイフといった、いわば生活の刃物。しかし鍛冶場で直視したその作り方は、まるで日本刀のようだ。

 盛高刃物の歴史は鎌倉時代の永仁(1293年)頃、福岡県太宰府宝満山の僧門の刀工・金剛兵衛源盛高(こんごうひょうえみなもともりたか)を祖師とする、宝満山の修験者の刀工から始まった。筑前国で13代、寛永(1632年)に入ると肥後国大名細川三斎公に従い、九州三大祭に数えられる妙見宮大祭で有名な妙見宮(熊本県八代市宮地町)修験者の刀工としてさらに13代目、あわせて26代700年という歴史を誇る。その後、幕末期の忠左衛門盛高からは「刀工で生計を立てるべからず」との家訓を定め、本職用注文鍛手打ち刃物をはじめ家庭、園芸、農林用の一般刃物の製造を生業としている。

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焼けた地鉄をタガネで割り、割れ目に鋼(はがね)を挟み込んだら、ベルトハンマーで一気に叩いて鍛接する

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焼けた鉄を中央から割り、鉄粉などによる接着剤をまぶしてハガネを挟み込む

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大きな刀研磨機で仕上げていく

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外側になる地鉄と、芯に入れる鋼(ハガネ)。1本の地鉄から約9本の包丁が出来るという

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地鉄にハガネを割り込んだ、切れ味鋭い三徳薄刃包丁(刃渡り170㎜)【※作家さん所有の作品です】

 「盛高刃物の特長は、商品を見ただけでは分からない部分にあります。その最たるものが、割込み鍛接の手法。出来合いの複合鋼材を火造りで叩き延ばす方法とは違い、地鉄にハガネを割込んで強靭な刃物へと鍛えていきます。切れ味が格段に違いますから、性能の高さを目指すには手を抜けない部分です」とは、社長の盛高経博さん。父の経猛は今で現役だが、その父に代わり、中心となって弟や叔父たちとともに歴史をつないでいる。

 盛高刃物では、ハガネの種類として一般的な“青紙2号”よりも強度や粘り、切れ味の持続性を増した“青紙スーパー”を用いている。

「鍛接するときの温度幅が狭いため、温度が低すぎると接着しないし、高すぎれば壊れてしまう。その見極めが非常に難しいんです」。

また、包丁の柄が腐れないよう柄に入る部分だけステンレスで継ぐことなど、使い手の身になった細かな仕事が施されている。鉄に新たな命を宿すべく、今日も一心不乱に炎と向き合っている。