main_4128.JPG【肥後象がん】
稲田 憲太郎-熊本県-

1976年熊本県生まれ。17歳で米野美術店に入り、19歳で肥後象がん師の河口知明氏に弟子入り、7年間修行ののち、27歳で独立。西部工芸展入選。龍や虎を描いた肥後象がんのバックルなど現代的にアレンジ。異業種とのコラボなどを通じて幅広い年代に向けた肥後象がんの展開を模索している。

 躍動感があり、今にも動き出しそうな龍や虎。優美な花鳥風月といった“静”をモチーフにしたものが多い肥後象がんの中で、肥後象がん師・稲田憲太郎さんが選ぶ題材は生き物を写し取った“動”の世界。もともとは武士たちが刀に施す肥後鍔などの装飾から派生した肥後象がんだけに、ベルトのバングルなどにカタチを変えた現代を生きる侍たちのステイタスといった印象だ。

 叔父や生まれ育った家の貸主が肥後象がん師で、小さい頃から自然に肥後象がんの魅力を身近で触れてきた。17歳で象がん師になることを決意し、高校を卒業すると米野美術店で肥後象がんの基礎を学んだ後、肥後象がん師・河口知明氏に弟子入り。合計7年間の修行を終え、27歳で独立した。現在も多くの象がん技術に触れながら、技術を高めることに力を注いでいる。

 大きな鉄板から鉄地を切り出して成型して象がんを施していくが、通常だと平面の鉄地の中に象がんを施すところを、稲田さんの場合は鉄生地をヤスリで削って輪郭そのものをデザインしていく。「これに象がんを施すので多少手間はかかりますが、立体的に仕上がり躍動感が生まれます」。また、渋い鉄地の決め手となる錆付けに使う液も、独自に調合したものを使う。この液を刷毛で付けながら焼いて目の細かい錆を出し、これを日本茶で煮ると、タンニンが付着して錆び止めの第一段階が終了。続いて、食用油と油煙(ゆえん)というススを調合したものを塗り、拭いて焼く作業を繰り返すと錆が止り、酸化皮膜を貼った状態となる。「錆び付け液は既製品もありますが、仕上がりが全然違います。象がん師によって材料も作り方まったく違いますね」。

 ターゲットはとくに意識していないが、若い男性たちにも使ってもらえるようなデザインを心がけているという。ただ、その複雑な作業工程ゆえに安価なではないため、特注のバックルなどは40代後半のおしゃれを知り尽くした男性たちに人気のようだ。

 「肥後鍔をデザイン画で描かれているグラフィックデザイナ−の方と組んでイベントをやろうという計画もあり、肥後象がんの枠の中だけでなく業種を超えて“本気”の人たちが集まって何かやりたいですね。たとえば、熊本城に展示させてもらったり、音楽と組み合わせたり。好きでやっているからといって、手に取ってもらわないと意味がないので、肥後象がんをどうやって若い瀬田氏にも浸透することができるかを日々考えています」。肥後象がんの伝統技術と現代的感性をもって、平成の世に挑む。そんな、若き志士の活躍に期待したい。

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作品写真

福岡で活躍中のデザイナー毛利清隆さんとコラボレートしたバックル「狙う虎」【※作家さん所有の作品です】

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作品写真

渓流の山女をイメージしたバックル(第43回西部工芸展入選作)【※作家さん所有の作品です】


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▼道具

布目消し棒、金づち、刷毛、金線などを扱うためのピンセット、布目タガネ、小刀など

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▼手元

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▼材料

不完全燃焼させた天然炭素の油煙(ゆえん)は錆び止め&鉄の渋みを出すための必需品