s_MG_7983s.jpg
【肥後象がん】
雅号:光輪
関 維一-熊本市-
1941年熊本県生まれ。15歳で人間国宝の米光太平さんに入門。
5年後に独立し、雅号を関光輪とする。淡交ビエンナーレ茶道美術公募展・淡交社賞奨励賞受賞をはじめ、入賞入選多数

 肥後象がんの世界に入って50年以上になる関維一さん(雅号:光輪)。その作品は年を重ねるごとにデザイン性を増し、現代アートのような鮮烈さを帯びている。

 「とにかく新しいものを作ってみたくてね。肥後象がんが時代の変化にあわせて武具から装身具へと移行したように、時代にあわせて変化していかないと。最近は金を多めに使った華やかなものが喜ばれますね。」

 関さんは第二次世界大戦中、疎開先の上海で生まれて終戦後に帰国した。父親は家具職人だったが、後を継ぐよりも肥後象がんの道を勧めてくれたという。そこで、ある刀研ぎ師の紹介を通じて人間国宝・米光太平(よねみつたへい)さんのもとに入門。

「中学の頃、工作クラブに入ったりしてモノ作りは好きだったんです。でも、最初は長く座っていることがキツくて(笑)。」

 今の技術では当時と同じ物は作れないといわれる中、関さんは肥後象がんの始祖といわれる林又七(はやしまたしち)の名作「桜九曜透象嵌鐔(さくらくようすかしぞうがんつば)」の写しに30年以上もの歳月をかけて取り組んでいる。通常の仕事の傍らで行うため、完成するのはしばらく先だが、極細のヤスリを使って透かし彫りで描かれていた桜は1ミリに満たない穴まで忠実に再現。手彫りとは思えないほど精密だ。もちろん、一つでも彫り損なえばやり直しとなってしまう。

02_MG_8623.jpg

燭台(1997年)。ステンレスの中に象がんが施され、斬新なデザインと見事にマッチしている【※作家さん所有の作品です】

IMG_1815.JPG

蝶々や市松模様をあしらったペーパーナイフとペン立て【※作家さん所有の作品です】

dogu_1841.JPG

道具

下絵描きに用いる筆と硯(すずり)、金銀の打ち込み用の鹿の角など。師匠の米光太平(よねみつたへい)さんが使っていた布目消し(右下)は、布目切り(鉄生地に布目状の刻みを入れる技法)の不要な部分を消す道具


「通常よりも堅い鉄を使っているので、穴一つ開けるのも大変ですよ。1週間も作業をすると飽きてしまう(笑)。でもね、誰もやらないからやってみたかったし、せっかくなら一番難しいものに挑戦したくて。」

 県外から直接依頼されることもあり、取材時に制作していたのは、特別注文された茶道具のナツメ蓋。表には金色に輝くウサギが彫り込み象がんという手法で埋め込まれ、裏を返すと寝転んだウサギがお目見えするという凝ったものだ。

「ウサギには特別な思い入れがあってね。20代のころウサギ模様の帯留めを依頼されて作ったものの、どうしても顔が猫になってしまって(笑)。何度もやり直したものですよ。」

 半世紀を肥後象がんに注いできた関さんだが、辞めたいと思ったことは一度もないという。

「だって好きだから。好きなことを仕事にしてやってこれたことが、一番良かったかな。これからは縁起物など、喜んでもらえる物を作ってみたいですね。」