mitsutorasan1.jpg【象がん】
白木 光虎-熊本市-
 1938年、肥後象がん白木家2代目重治の次男として生まれる。29歳で3代目となり1973年に初個展。日本伝統工芸展など数々の受賞歴を誇る。2002年に肥後象がん振興会ができ、会長に就任。翌年には同会が国の伝統的工芸品の指定を受ける。日本工芸会正会員。伝統工芸士。



 肥後象がんのはじまりは、今から400年前にさかのぼる。当時は銃身や刀の鐔(つば)に施され、垢抜けした重厚な美しさは、武士たちにとってダンディズムの象徴でもあった。明治維新後の廃刀令で多くの象がん師が転廃業を余儀なくされる中、110年もの歴史を数える白木家。象がん師が4代続くのは近年珍しく、光虎さんは3代目である。

 肥後象がんの名を世に広めるべく、それまで前例のなかった初個展を開催。さらに翌年には、日本伝統工芸展等や西部工芸展に初出品して入選入賞を果たす。

 航空管制の仕事に就いた後、父が病で倒れたのを機に仕事を継いだのが29歳のころ。

「幼いころから肥後象がんに触れてきたので基本的なことは頭に入っていたものの、後を継ぐとなるとそれでは足りない。そこで田辺家(1995年廃業)で修行しました。」

 しかし図案の描き方などを教えてもらったことはなく、手探りでアイデアを練る日々。

「図案の99%は創作といっていいでしょう。時代のニーズにあったもの生み出していくことが“強み”となるんです」

 花鳥風月などの図柄が多かった肥後象がんに幾何学模様などを取り入れ、洗練されたデザインで新境地を拓く光虎さん。展覧会に向けた作品作りが仕事の大半を占めるというが、絶え間なきアイデアはどこから湧いてくるのだろう。

「時間があれば伝統工芸館の養成講座の教え子たちを連れて、美術館などへ出向きます。優れた絵画や書、彫刻などを幅広く観て感性を鍛え続けることが大切。自ら絵を描くこともあり、空間や流れのとり方の参考にしています。」

 現在は肥後象がん師の育成にも尽力し、県伝統工芸館主催の養成講座で教えている。

「人を育てて技を継承することは、どんな勲章よりも重みがあると思っています。次世代の若者たちが生き生きと工芸活動できる環境作りにも取り組みたいですね」



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松ヤニや砥の粉などで出来たヤニ台に鉄生地を固定。下絵描き、布目切り、打ち込み、布目消しと続き、緑茶のタンニンで錆び止めして仕上げ。簡単な手入れさえ行えば、何十年経っても美しさをキープできる

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肥後象がんの場合、道具は自分で作るのが基本で修行は道具作りから始まる

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布目象眼線束文鉄文鎮(日本伝統工芸展入選作)【※作家さん所有の作品です】