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天草陶磁器 丸尾焼
金澤 一弘 -天草市-

1958年熊本県天草市(旧 本渡市)生まれ。熊本県工業試験場の伝統工芸後継者育成事業でロクロ及び石膏型の製造技術を習得し、1980年に5代目を継承。1995年に完成した新工房は熊本県のアートポリス表彰事業で推進選
奨を受賞。天草陶磁振興協議会副会長

 天草市本渡町にアートギャラリーのような建物がある。ここが140年以上の歴史のある丸尾焼の現在の顔だ。創業は弘化2年(1865年)。丸尾ヶ丘周辺に良質な製瓶用の粘土が産出したことと農閑期の現金収入を上げるため、開窯。時代ごとに変化を遂げながら窯を守り続けて来た。そして現在の五代目、金澤一弘さんは丸尾焼の“今”に挑み続けている。「少品目大量生産から多品目少量生産の時代となり、多様な物を創り出す技術のほうが有利に。長いスパンで考えれば人間の意識や価値観は変わっていくし、時代に応じて柔軟に帳尻をあわせていくものだと思うんです」。生活に密着したものをいかにたくさん創り出せるかをコンセプトにした器は、そのバリエーションの多さに驚かされる。そのまま飾ってもオブジェになりそうなディテールを考えたり、器の裏にまでデザインを入れてみたり。人の琴線に触れるものを作っていきたいと語る。

 基本的な技術・技法は、3代目・武雄さんが農商務省技師として全国の窯を回り、釉薬を研究したデータやメモが財産として残されている。釉薬はベージュ、水色、黒、透明の4種類あるが、祖父が残した調合をそのままかアレンジして使っている。

 2000年からは良質な天草陶石を使った磁器にも取り組んでいる。「今の日本では世界中の焼物が手に入る上、低価格な商品の氾濫している時代。そんな中、戦っているわけです。皆がそれでいいとなったら私たちの仕事は滅びるしかない。焼物も右肩下がりの時代ですから、キレイに縮小していくのも必要かもしれません。そんな中でもオリジナリティを突き詰め、磁器のほうも時間をかけながら丸尾焼のスタイルを確立していくつもりです」


丸尾焼からは、すでに多くの陶芸家が巣立っている。現在も10人ほどの若い人たちが独立を夢見て研鑽中だ。「売る物に関しては修行中の息子たち3人に任せて、5年後には隠居したいなと。自分の代だけで終わるのなら目新しい技法でしのげればいいが、そうもいかない。後継者を育て、伝統のバトンを繋ぐのが当主に残された最大の義務ですから」。自らは浮き世を離れて自分のものを作りたいと笑う。

 伝統工芸というと昔のやり方をそのまま継承するものだと考えがちだが、金澤さんの話を聞いて“精神こそ伝統”であると知った。先祖たちが時代ごとに工夫を凝らして変化させてきたからこそ、伝統が継承されてきたのだから。


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ローラーで伸ばした薄い粘土板を器の形の石膏にあてた“たたら作り”

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▼作品

(左奥から)絵の具でポップに描かれた古信楽風のワイングラス、鈍い光沢と乾いた土感のコントラストがたたら作りの黒釉小鉢、裏まで凝っている天草陶石の磁器皿【※作家さん所有の作品です】

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▼作業場

白磁や素焼きには酸化させるために電気炉焚き、陶器には還元焼成のガス炉などを使い分ける