main_K_4168#5185.JPG【陶磁器】
天草陶磁器 内田皿山焼 (うちださらやまやき)
木山 勝彦(きやま かつひこ)-天草郡苓北町-
1944年熊本県天草郡生まれ
父の後を継ぎ、木山陶石鉱業所3代目に
1970年にタコ壺などを制作していた窯を引き継ぎ、古陶の陶片の発見を機に「内田皿山焼」を開窯し、手法を復元
次世代の陶芸家を育成しながら、多彩で手頃な作品を手がける
天草陶磁振興協議会会長

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木山 健太郎(きやま けんたろう)
1974年熊本県天草郡生まれ
1997年亜細亜大学経営学部を卒業後、1998年京都工業試験場研修生、1999年同専科生として焼物を学ぶ
2000年島村公認会計士事務で1年間研修の後、木山陶石4代目および内田皿山焼2代目として陶磁器制作全般を主導する



 野生イルカが多数生息する天草下島の天草郡苓北町。国道389号線から少し入った広い敷地に「内田皿山焼」の工房が建ち並ぶ。窯の主、木山勝彦さんは、もともと原料となる天草陶石を採掘する木山陶石鉱業所の社長。1970年にタコ壺などを焼いていた窯を引き取り、工房を造り直すべく造成をしていたところ、江戸時代ごろの古い磁器の陶片がザクザクと見つかった。すぐ近くには陶石の発掘跡も発見されたという。その後、町が行った発掘調査により、この窯が1650年頃から約100年間にわたって磁器を生産していた窯だったことが判明。日本有数の歴史をもつ“幻の窯”を再興すべく、木山さんは本格的に食器などを中心とした天草陶磁器への取り組みを決意。その後、天草陶磁器の知名度を全国的にアピールしようとまわりの窯元に呼びかけ、振興会を発足させ、2003年には「天草陶磁器」が国の経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定された。

 自ら地元で採掘する天草陶石や志岐粘土を使い、磁器だけでなく陶器まで手がけているのは、全国的にも珍しいだろう。さらに釉薬には、江戸時代の陶片にも形跡が見られる天然柞灰(いすばい)を使用。自ら柞の木を育てて特別に作っている。こちらで作っているものは手頃な日常使いの器が中心だが、かわいい子供向けの動物柄から伝統文様の壺まで、その多彩なバリエーションは県内随一と言っていい。開窯から20年近く木山さんが中心となって取り組んできたが、10年前からは京都で修行を終えた息子の健太郎さんがさらなる新風を吹き込んでいる。

 成型から絵付けまで、スタッフは全部で15人。年間を通じて絵付けと手びねり体験を受け付けていることもあり、絶えず来場者が訪れている状態だ。毎年5月と10月に天草西海岸で行われる陶芸まつりになると、さらに全国から訪れる焼物ファンで賑わいを見せる。

 「祖父の代から天草陶石に携わってきましたから、運命的なものを感じています。手頃な器を多彩に作りたいという理想には近づきましたので、今後は窯の“顔”となる代表的な作風を絞り込みたい。質と量のバランスを保つことが課題ですね。





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器の上に和紙をあてて上から絵の具を塗ると、おぼろげな和紙の模様が浮かびあがる

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窯のある志岐平野の田んぼ下で採れた志岐粘土を使ったタコ壺が山積み。実は生産量日本一だそう

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絵付け用の筆、線描きの中を塗るためのダミ筆、模様を色づけするためのスポンジ、絵の具をにじませ、模様を器にプリントするための和紙

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(手前から)志岐粘土の風合いを生かした絵付けコーヒーカップ、天草陶石の染め付け鉢、志岐粘土と天草陶石をブレンドしたビアカップ

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通常は1色で施す下絵付けだが、こちらでは5色の絵の具が基本