main-n_2649.JPG【陶磁器】
天草陶磁器 水の平焼
岡部 信行-天草市-

1937年熊本県本渡市生まれ。
信楽で3年間、京都東山で4年間修行。
1969年から家業に従事する。
2005年に天草文化協会 島の匠賞受賞、2006年に叙勲 瑞宝単光章を受ける

main-y_2636.JPG【陶磁器】
天草陶磁器 水の平焼
岡部 祐一-天草市-

1971年熊本県本渡市生まれ。
1994年京都精華大学美術学部卒業後、帰郷。
家業を手伝う傍ら、作陶修行中。
1997年熊本県美展入選、2000年第13回熊本クラフトフェスティバル大賞獲得

main-t_2629.JPG【陶磁器】
天草陶磁器 水の平焼
岡部 俊郎-天草市-

1974年天草市(旧本渡市)生まれ。
1996年有田窯業大学校卒業後、波佐見町で3年間修行を積んだ後に2002年帰郷。
2006年AMAKUSA陶芸展小川哲男賞受賞、2009年くらしの工芸展入選

 1869年、岡部常兵衛氏によって創業。海鼠釉(なまこゆう)の元祖、水の平焼は240年以上の歴史を重ねる。三代目・弥四郎氏が従来の「水の平焼」に一層の改良を加えてた作品を作り上げ、1877年、内国勧業博覧会で花紋章牌を受賞。「水の平焼」の名を全国的に広めた。さらに五代目・源四郎氏が着色釉の研究に取り組み、赤海鼠釉を開発。水の平焼の一大特色となった。そして7代目を伝承するのが信行さんだ。

 海鼠釉は、最初に下ぐすり(釉薬)をかけたあと、ワラ灰を使った釉薬をもう一度かける二度掛けが特徴。最初に鉄分が多い釉薬をかけて乾かせた後、2つめの釉薬を重ねると、それらが混ざり合って海鼠の肌のような色の深みが生まれる。「釉薬の原料は木やワラの灰を使うため、自然の影響で成分や発色も変わります。思わぬ変化が魅力の半面、同じものを作りたいときには苦労しますね」。

 電話一つで材料を揃えることもできる時代だが、作り手としては自分で原料を吟味して納得しないものは使えないと岡部さんは語る。「原料の確保が一番大変です。たとえば釉薬には酸化第二鉄を使いますが、崖の地層から鉄分の多い土を選んでも、自然なものだけに質の変動が激しい。現在は鉄分の多い阿蘇の黄土を使っていますが、これもまた均一ではなくて」。

 黒みがかった従来の青海鼠は土がベースの陶器だが、赤海鼠は天草陶石といった石が原料となる磁器。祖父にあたる5代目が、その特徴となる“赤のもと”を福岡の山から舟で運び、岡部さんの代まで3代かけて使ってきた。「色も質も完全にこれだというものは、なかなか。“次はもっと良いのが出来る”という想いに取りつかれていくんですよ」。

 現在は、2人の息子さんが水の平焼を支えている。兄の祐一さんは陶器と磁器、弟の俊郎さんは磁器が専門。長男・祐一さんは守り継がれてきた釉薬を使いつつ、色の使い方やデザインの見せ方で自分のものを追究。弟・俊郎さんは土台を自らが作り、絵付けを奥様が担当。ともに有田の学校で学んだ仲でデザインやカタチは夫婦で相談し合い、二人三脚で進めている。頼もしい2人の担い手が、新たな伝統を紡いでいくのだろう。

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▼道具

祐一さんの道具。自作だと融通がきいて使いやすいという。茶碗や湯のみの内側にあてて滑らかにするコテは、昔の重箱を解体して再利用したもの

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▼材料

掘ってきた土から粘土を作り、水分を抜いてプレート状にしたものを土練機(どれんき)で柔らかくしていく

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▼作品

赤海鼠の抹茶碗は父・信行さん作。長男・祐一さんの海鼠釉は伝統的な技法に釉薬で模様を加えたりと、現代的なデザインにアレンジ。弟・俊郎さんの天草陶石をベースにした磁器は、奥様が好んで描く紺の絵柄が粋【※作家さん所有の作品です】