main_6400.JPG【陶磁器】
間 美恵(はざま みえ)-阿蘇郡産山村-
1971年京都府城陽市生まれ。1994年佛教大学社会学部社会福祉学科卒業後、OL生活を経て1997年三重県伊賀上野の蓮善隆氏に師事。1999年熊本県阿蘇郡産山村に開窯。2000年「21世紀アート大賞2000」入選、2008年天草大陶磁器展で来場者賞を受賞。2005年、2006年、2009年ギャラリー陶花宮崎で個展開催など

  顕微鏡でのぞいた塩や雪のように、結晶の華が器の上を舞う…。熊本はもとより、日本でも馴染みの少ないこの焼物は、亜鉛華結晶釉(あえんかけっしょうゆう)。和にも洋にもあわせやすく、全国のギャラリーでも人気だ。

この焼物が作られているのは、人里離れた阿蘇郡産山村。空き家になって40年以上経っていた古い民家を買い取り改造し、1999年に住まいと焼物の工房を構えた。実は生まれも育ちも生粋の京都出身でOLをしていたというから、まるでドラマのような展開の人生にも興味がわいてしまう。窯元で修行中に、ある情報誌で今の家が売り出されていることを知り、さっそく熊本へ。父の実家が水俣だったこともあり、馴染みのある熊本での暮らしに迷いはなかった。「最初は屋根の代わりにビニールシートがかかった状態。トイレやお風呂もなくて、住む状態にするまで一苦労でした(笑)。地元の大工さんに協力してもらいながら、自分で地面を掘ったりして、なんとか修復したんです」。

 熊本を新天地として独立するにあたり、熊本特有の材料で焼物を作りたいと目をつけたのが、良質な陶磁器原料として全国的にも知られる天草陶石だった。この天草陶石を用いた器を約1,000℃で素焼きしたあと、亜鉛を混ぜた釉薬をスプレーで吹きかけて本焼きに。亜鉛はそのまま焼くとザラザラしているが、釉薬にガラス分を混ぜることで亜鉛とガラスが結合し、ガラス質の中に美しい結晶の華を生み出す。

「亜鉛華結晶釉の起源は古くて中国北宋期で偶然的に焼成されたといわれていますが、当時は再現性に乏しかったようです。現在、ヨーロッパやアメリカでは、この技法を用いた様々な作品が創られているんですよ。」

 修行した先で学んだのは粘土を使う陶器だったため、性質のことなる磁器に慣れるまでは苦労の連続。結晶の模様もうまく現れず、誰かに尋ねたくても日本では作る人が少なくて情報が乏しい。そこで2000年にアメリカとカナダへ渡り、結晶釉のワークショップに参加。これをきっかけに、技術に自信がもてるようになったという。

 亜鉛の色は基本的に白だが、マンガン、ベンガラ、銅、コバルトなどの鉱物を混ぜることで青や緑などに色が変化する。

「料理の味付けと同じように、さじ加減一つで出来映えが変わるんですよ。」

 現在は1年の半分以上、他府県の展示会へと飛び回る日々。だんだん注文が増えてきたため、今後はさらに作陶に時間を費やしていきたいと語る。

「今の焼物業界は、作る側が売れ筋だけを追いかけている風潮があって、買い手にも伝わっていると思うんです。私の作品はそうした狙いとは関係なく、惹き付けられたお客様が選んで下さるのかなって。実際に使ってまた欲しくなる、人にもあげたいと思っていただける器づくりを心がけています。」

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八角皿用の型と、粘土を切るたたら棒、粘土を切り離すときに使うしっぴき

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結晶のもととなる亜鉛と、色を出すための鉱物。マンガン、コバルト、銅など配合を変えてブレンドする

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(手前から)リーフ形の白皿、猪口、酒杯。貝殻のような透明感のある不思議な模様は、亜鉛が焼成中に生み出す結晶の神秘
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