main_4632.JPG【陶磁器】
いしの窯
高場英二-人吉市-

1959年人吉市生まれ。人吉高校卒業後、古仏頂焼の村山一壺氏に師事。1986年佐賀県立有田窯業大学短期研修ロクロ科入校。製陶所勤務を経て、1989年の人吉クラフトパーク開園と同時に園内に「いしの窯」を開窯。熊本県伝統工芸館や島田美術館をはじめ、全国のギャラリーでの個展や百貨店の展示会に参加。2010年第2回北の動物大賞展では特別賞を受賞、その副賞にて2011年8月札幌にて個展

 シーラカンスやウサギの飛び跳ねた瞬間を捉えた“トカチェフ”くんなどの動物たちは、今にも人間のコトバを発しそうなリアルさをもつ。一度目にすると忘れられないインパクトを放つ作品たちの生みの親・高場英二さんは「人吉クラフトパーク石野公園」内の陶芸館に工房を構える。

 全国の百貨店やギャラリーからも声がかかり、全国を回りながら現地で制作を続けている高場さん。「“観たこともないものを作っている男がいる“という珍しさからでしょう。」という“観たこともないもの”を作る前は、器中心の制作だった。

 高校時代から焼物に興味をもち、叔父の紹介で人吉市の陶芸作家・村山一壺さんの内弟子に。「17歳で父を亡くし、進学の道が途絶えてもモノ作りの夢はあきらめきれなかった。弟子入りすれば、受講料を払わなくても技術を学べるかなと思ったんです(笑)」。家業の手伝いを続けながら修行を続けていたが、親交のあった工芸家の先輩に「プロとして通用するには、地元を離れて勉強したほうが良い」との助言をもらい、ちょうど佐賀県に有田窯業大学が出来たことを機に、基礎から学び直すことに。「8年近く師匠のもとでろくろを引いたこともあって多少は自信があったが“これでは使い物にならない”と一蹴されて。」懸命に自分の焼物を追求したことが現在の基盤となっている。

 「風水師の勧めで「桃小龍」をライフワークとして作り始めました。一昨年の正月からナンバーリングしながら、今現在No,260まできました。とりあえず、1000を目指したいですね。見ているとつい笑顔になる~幸せな気持ちになる~という声をいただきます。良いことがありそうと縁起物として選らばれる方も多いようです。」

 京都のギャラリーで初個展の折、先輩のアドバイスで、ほかの窯との差別化を図るために動物の作品のみで挑戦したところ、たちまち人気に。なかでも、桃を大切そうに抱えたユーモラスな龍の子供を創作した“桃小龍”は、思い入れのある作品。
 粘土の塊のままだと重すぎる上に割れやすいため、中を空洞に。最近は、全体に塗った釉薬を刷毛で適度に落とし、錆やブロンズのような質感の出し方を考え出した。「モノ作りの世界はアイデア次第」と見せてくれた木の実やドリルの刃は、動物の肌や魚の鱗の模様に使われている。

 最近は、不動明王の少年時代をイメージした“不動童”を制作。これからは人の姿にも挑戦してみたいと夢を語る。「感情って不思議と作品に現れてしまうので、自分が楽しむことを心がけています」。一つひとつ違う表情のどれもが心から嬉しそうに見えるのは、高場さんが創作しているときの気持ちそのものだろう。

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作品によって佐賀と信楽の粘土を使い分ける。動物の牙には、天草陶石の磁器を使用

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動物の表情や肌の模様を出すための道具。魚の目やウロコ、うさぎの肉球に見せるための道具もある

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鉄の絵の具で彩色をした“シーラカンス”と、「飾ると幸運が舞い込む」とクチコミで人気が広がる“桃小龍”。
【※作家さん所有の作品です】