main_4703.JPG【木の根工芸】
木の根工芸ふくしま
福島友博-下益城郡-

1949年生まれ。塗装会社に入社後、『木の根工芸ふくしま』の原点となる製材所を担当。娘・久美子さんとの結婚を機に、木工の道へと進む。豊かな森林に覆われた緑川ダム近くの山中で、自然木の形や色を生かした座卓やダイニングテーブル、小物などを手がける。熊本県伝統的工芸品指定

 2007年7月7日。下益城郡美里町は集中豪雨に襲われた。日頃は水流の少ない柏川が氾濫し、ちょうど川のカーブに位置する『木の根工芸ふくしま』を直撃。3棟半の建物に保管していた2,000万円相当の木材も、ようやく支払いを終えた高額の製材機も流されてしまった。

 「頭が真っ白になりました」。そう語る福島友博さんにとって、生涯忘れられない日となった。顧客からの連絡で近くの緑川ダムに木材が流れたことを知り、塞(せ)き止められたため残った木材をクレーンで引き上げることができた。作業場には、大型の自動カンナ1台だけが奇跡的に残っていた。「気力を失いかけていたとき、仲間たちが加勢してくれて。ある大工さんは、鹿児島から重機とリフトを運んできて“返すのはいつでもいいから”と貸してくれたんです。一人一人の優しさが本当に嬉しかったですね。」ともに働いた従業員も今は雇わず、友博さん一人で汗を流す。水害に遭った材木には砂が残っているため、ワイヤーブラシで取り除く一作業も加わった。しかし、一旦は絶望的とも思えた被害から復活し、再び命を与えてもらったことに友博さんは感謝する。

 『木の根工芸ふくしま』は妻・久美子さんの父が起こした製材所がはじまり。伐採あとに残る根元がもったいないからと机やテーブルや長椅子を作ったところ好評で、いつしかこちらが本業となった。父亡き後は久美子さんと母の2人で切り盛りしていたが、塗装会社に勤務していた友博さんと仕事が縁で結婚。もともと家具に興味のあった友博さんが婿養子となり、26歳でこの道に進んだ。華やかなオレンジ色の一位(いちい)や銀杏色をしたニガキ、関西から九州にかけて生育するシオジなど、厚みをもたせて自然木の形や色を生かすのが特徴。「良い物を作りたいですから」と、高額でも丈夫さと自然な仕上がりを優先したチタンで塗装する。

 端材を活用したカラクリ箱や木目が美しい盛り皿なども手がけるようになったが、家具と同様、デザインよりも木を優先。迷ったときは引退した義母からアイデアを受け、ノコギリの入れ先を見定めることもある。「人の都合より木の都合ですから」と、久美子さんは明るく笑う。ほぼ全壊の状態から見事に復興出来たのも、応援したいと思わせる福島さん夫婦の人柄ゆえだろう。裁断した木目を見ては「良いのがとれた」と満面の笑顔で喜び、仕上げには何種類ものサンドペーパーを使い分け、ていねいに磨きをかける。そんな友博さんの手で再生した家具や小物たちは、一段と生命力にあふれて見えた。

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木目の流れがイキイキと現れた名刺入れの材料は、九州では珍しい一位(いちい)。別名アララギとも呼ばれ、仁徳天皇がこの木で笏(しゃく)を作らせ、その出来映えに正一位を授けたことに由来する。貴重品入れとして使えるケヤキのカラクリ箱は、震災の教訓から生まれたもの【※作家さん所有の作品です】

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水害で流されたあとダムで塞き止められ、すくいあげた銘木たち。数十年かけて寝かせた材木を含め半分以上が流されてしまった

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小川のようにも見える柏川。2007年の水害では、撮影した場所にあった建物をまるごと呑み込んでしまうほどの激流と化した

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水害で流されたあとダムで塞き止められ、すくいあげた銘木たち。数十年かけて寝かせた材木を含め半分以上が流されてしまった

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ドリルの先にペーパー付きのゴムを装着したオリジナルの道具。これで表面を磨いて仕上げる

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水害で唯一残った自動カンナ(プレーナー)