main_4875.JPG【竹籠】
窪地成俊-天草市-

1953年天草、本渡市本町中学校卒業後、父・貞由氏の手ほどきを受ける。1984年に伝統的工芸品指定、1996年には天草文化協会から島の匠賞を受賞。展示会用や注文品制作の傍ら、後継者の育成にあたる

 天草地方の竹工芸は今から約260年前、初代・窪地伸右衛門氏から始まり、名人として名を馳せた5代目・多吉氏によって天草一円にその技術が広まった。天草市本町の杉林に囲まれた山中に工房「竹細工 窪地」を構える窪地成俊さんは、その8代目。中学を卒業してから父に竹工芸の技術を学び、生活様式の変化に応じて作る物を変えながら技を継承してきた。

 梅干しや漬け物作りに用いるショウケ(バラ)や穴釣り用のカゴなど、地元の生活に密着した竹籠が中心。まだ炊飯器が普及していないころ、ご飯が腐らないよう軒先に吊るして使われていた飯ショウケは、竹の殺菌作用もあって“夏のおひつ”と重宝されたものだ。蓋に使われているのは、 “網代(あじろ)編み”。竹の表皮を削った皮ひごで、均一に隙間なく編んでいく。

 原材料の真竹は年に1回、山をひと越えした竹やぶから10月〜11月にかけて伐採。「切った竹は山の中に寝かせて、必要な分だけ使います。竹も時間が経つと枯れてしまうため、翌年の夏までには使い切ります」。最初に竹を十文字の4つ割りにしたあと、竹割りナタを使って次々と縦半分に分割。一定の幅に揃えたら今度は薄く剥いでいくが、新しい竹ほど水分を含んでいて剥ぎやすい。仕上げの縁巻きが一番の難所で、先の尖った溝切りの角度がわずかでもずれると、すべてに影響してしまう。窪地さんのゴツゴツとした手には、この感覚がしっかりと刻まれているはずだ。完成品は青々としているが、竹の表面を磨いたものだと年数が経つにつれて、黄金色の飴色へと変化。最近では楕円形のパン籠や、均整のとれた買い物籠などが人気のようだ。

 窪地さんの住む集落では、かつて24戸が農業の片手間で竹工芸の技術を受け継いできたが、現在は窪地さんだけになってしまった。伝統工芸の世界では、後継者不足に頭を抱える人が少なくないなか、窪地さんの元では担い手が育ちつつある。

 「好きでないと出来ない仕事。技術を継承していけるのは、嬉しいことですね。」


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刃と柄のつなぎ目にある胴がねの尖った部分で、手際よく竹を裂いていく

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(左から)竹割りナタ、編み目に竹皮ひごを通すための溝きりと入れ溝きり、竹材の幅を均等にする幅ぞろえ

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ちょうど取材した前日に伐採したばかりだった真竹。慣れるまでは、1本を切るのも重労働

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六つ目編み籠【※作家さん所有の作品です】