main_6576.JPG【竹工】
宮崎(※) 珠太郎-山鹿市-
1932年東京都生まれ。5歳の頃に母の郷里である熊本へ戻り、育つ。1946年から竹細工の道へ。1950年熊本県立人吉職業補導所竹工科卒業後、1953年に上京。通産省工業技術院産業工芸試験所で雑貨意匠竹工技術研究生修了後、自営。日展、現代美術工芸展などに複数回入選。(社)日本クラフトデザイン協会理事。九州クラフトデザイン協会理事長、大分県別府産業工芸試験所所長などを歴任。1992年国井喜太郎産業工芸賞受賞。2011年には、再び日本クラフト展で優秀賞をもらった。2003年くまもと県民文化賞特別賞、2005年地域文化振興の功績を讃えた文部科学大臣の表彰を受けるなど、日本を代表する竹工芸作家の一人
※…宮崎さんの「崎」は、右上が「立」の崎です。
   環境によっては見えませんのでこちらを使っています。

日本一大きな木造座像の相良(あいら)観音が鎮座する相良寺。そこから車で3分ばかり走った田畑に囲まれたなかに竹工芸作家・宮崎珠太郎さんの自宅兼作業場がある。
 日展をはじめとする公募展で受賞を果たし、熊本県伝統工芸館の顧問や国民文化祭の工芸展で審査員を務めた経験があるが、宮崎さん自身は拍子抜けするほど気さくな方であった。

 パン籠にランプシェード、着替えなどをチョイと仕舞える部屋の籠…。竹という単一の材料を巧みに使い、いろんなカタチや編み方の作品を創り出してきた。

「僕が作る籠は“民芸”じゃあないんだよ。暮らしに役立つ生活の道具ではあるけれど、常にデザイン性を意識している。横文字は苦手だけど、デンマークやフィンランドの家具のようにシンプルだけど洗練された“クラフト”ってやつだね。」

技術面だけを考えれば熟練も必要だが、使い手の生活をイメージしながら作品のイメージをどう組み立てていくか。そうした“発想力”こそ、大切だと語る。

「僕の場合、自分がそうだから、どうも酒飲みや読書家のイメージばかり浮かんじゃって(笑)。」

 材料の竹は、地元の真竹を使用。虫が付きにくい9月~10月のものを山師にまとめて切って運んでもらっていたが、その山師が3年前に突然他界したこともあり、入手しづらくなったと嘆く。竹はすぐに使うわけではなく、半分に割った竹を青みが抜けるまで2ヶ月ほど天日干しにして、火であぶって油抜きする。「これが出来ていないと、竹がねばっこくて割けにくいんだよ」と、竹割り包丁を使って竹をシュシュッと手際良く割いて見せてくれた。

 表面を磨いた竹は、年数が経つと“飴色”と表現される落ち着いたカラメル色に落ち着く。30年以上昔に作った籠を見せてもらったが、デザインも古びることなく、色は使い込んだヌメ革のように深みを増していた。

 「 “晩節を全うすること”が、僕の人生訓。たとえば、うら折れの竹というのがあるんだけど、一見すると立派でも使ってみると弾力がなくて節から折れてしまう。つまり使い物にならないわけです。晩節が折れている竹です。僕もそろそろ晩節の時期。そうならないよう、残りの人生をこの仕事とともに全うしたいですね。」

take_6572.JPG

産地である菊鹿町の真竹を使用

dogu_6597.JPG

竹割り包丁は師匠や受け継いだモノや永年使い込んだ年季(ねんき)の入ったものばかり。持ち手がコロンと丸い道具は縁巻き用で、握りやすく形を自分の手に合うように調整している

temoto_6574.JPG

竹を割っていく

sakuhin_6568.JPG

(手前から)パンやフルーツを盛ってもオシャレな四角や円形の“盛り籠”、ねじり編みで変化をもたせた“ふるまい盤”、“座祭りの籠”は酒の肴(さかな)を並べるミニテーブルがわりに丁度いい【※作家さん所有の作品です】