IMG_3793.JPG【来民うちわ】
栗川商店 TEL:0968-46-2051
栗川 亮一-山鹿市-
1960年熊本県山鹿市生まれ。大学を卒業後、4代目として後を継ぐため栗川商店(1889年創業。)に入社。プラスチック製うちわが主力になりつつあった流れを方向転換。渋うちわの伝統を守りつつ、丈夫で長持ちすることから贈答品や記念品向けの縁起物として提案。国内外のメディアで多数掲載


 県北の山鹿市東部、鹿本町来民(かもとまちくたみ)で作られ、京都や丸亀とともに団扇(うちわ)の三大産地とされてきた、来民の渋うちわ。慶長5年(1600年)、四国丸亀の旅僧が一宿の謝礼として団扇の製法を伝授したのが来民渋団扇の始まりといわれている。当時、山鹿郡は山鹿灯籠を製作する堅牢なる和紙の産地に加えて、竹林繁茂という土地柄。当時の藩主細川公が渋うちわの製造を奨励し、この地の主要産業となっていった。最盛期には16軒の店で年間500万本も生産されていたというが、現在、来民うちわを製造しているのは栗川商店だけ。



「戦前戦後は東京の百貨店をはじめ全国から依頼が舞い込み、絵柄も当時の女優や相撲取りなど、時代背景を映したものでした。私が継いだ当時はプラスチック製うちわが叛乱。作り手の誰もが広告媒体としての意識しかありませんでした。」



 そこで、丈夫で長持ちする渋うちわを長寿や誕生祝い用の命名うちわといった、贈答向けの付加価値を打ち出して提案。国内外メディアから注目されるように。

 表面を柿渋で塗った来民渋うちわは、純粋に柿渋だけを引いた薄茶色で「白渋」と表現される。和紙の張り方は、骨全体に和紙を張って骨を隠した「元張り」。原料は、阿蘇外輪山(鹿本郡内)の山林に繁茂する7寸以上の真竹、手漉きの和紙に生麩糊、仕上げは柿渋、ワニス、うるし、染料と、いずれも昔ながらのものだ。工程としては、竹を細かく割いて扇状に開き、柄(え)を塗ったり染めたりした後、割いた竹を糸で編み付けて固定。これに和紙を張って干し、うちわのカタチにカットして柿渋で仕上げる。渋うちわは、柿渋を塗ることにより和紙をコーティングし、柿渋に含まれるタンニンが防虫効果を発揮。100年でも使える丈夫なうちわとして、年月を重ねることによって色合いに風格を帯びていく。

 また、栗川商店では長年、ハンディのある人たちを作り手として受け入れてきた。昨年からはNPO「伝承塾」として組織化し、現在は常時7人が製作の工程に携わっている。

「モノから心の時代。あおぐための道具ではありますが、 うちわを作り続ける“意義”が見えてきた気がします。柿渋を塗ったうちわは、モノがなかった時代に先人たちが編み出した知恵。渋うちわを通して、モノを大切にし、長持ちさせる文化を伝えていきたいですね。」



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糊を付けた和紙で縁(ふち)取り

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3~4年ものの真竹を20~40本に割り、横に寝かせながら糸で編んで開いて扇状に開く

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和紙の中の空気を逃がすタワシや、糊を引くための刷毛、ウチワの型切りに使う道具は大きさや形も様々

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昭和4年製造のうちわと木版

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俳人・中村汀女さん直筆の俳句を木版で写した昔ながらの渋うちわ。一方、花札の絵柄シリーズは海外向けを意識したエキゾチックな仕上がり【※作家さん所有の作品です】

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ガラ柿が渋くなる8月につぶして水に浸けると渋が溶け出す。これを3~5年かけて熟成させる。年によって出来が変わるため、ブレンドして使う