IMG_5743.JPG【宮地手漉和紙】
宮田 寛(ひろし)-八代市-
1934年八代市妙見町生まれ。幼いころから父に仕事を教わり、中学卒業時から本格的に宮地手漉和紙を生業とする。1991年からは地元中学校の卒業生たちが自ら手で漉く卒業証書づくりを指導している

 九州三大祭りの一つ、妙見祭で知られる八代神社のすぐそばで唯一、宮地手漉和紙づくりを続ける宮田寛さんの作業場兼自宅がある。家の前を流れる水無川の支流沿いでは、かつて手漉和紙が栄んに行われていたという。

 宮地手漉和紙は1600年(慶長5年)、柳川藩の手漉御用を務めていた矢賀部新左エ門が宮地の中宮川沿いで紙漉を始めてから400年以上の歴史がある。越前奉書紙の技法で漉かれる紙は、江戸時代には幕府や宮家への献上品とされ、明治初めまでは100軒以上の家が和紙漉きの仕事に携わっていた。

 8人兄弟の長男だった宮田さんが家業を継いだのは16歳のころ。当時は界隈20軒近くで和紙づくりが行われていたが、需要の減少とともに次々と廃業。今では宮田さんのみとなった。 

 原料となるコウゾの皮を川の水に一晩浸け、不純物を溶かし出すために苛性ソーダで4時間かけて煮る。これを30分ほど水に浸けて茶色くなった水を濾したあと、さらし粉を加えて漂白。家の前を流れる小川に網を張って原料をすすぎ、ゴミを取り除いたら叩き棒で叩いて再びすすいでさらし粉を完全に抜く。これを水に沈めてマガと呼ばれる道具でかき混ぜ、叩いて3日間水に漬けたトロロアオイの根から出る水を糊として加えたら、いよいよ紙漉きだ。1日で漉けるのは、98cm×55cmの300枚ほど。夏場のように気温が高いと糊が溶けてしまうため、12〜3月の寒い時期が繁忙期。

 天井の竹と漉道具の桁(ケタ)を紐で繋(つな)ぎ、竹の弾力を使って紙を漉く。漉いた紙を重ねて半日がかりで圧力をかけ、半乾きにしたら1枚ずつ剥がして乾燥機へ。100℃まで熱した鉄板に紙を貼付る。1枚完成するまで1週間。そばではいつも、奥様のむつ子さんが手伝っている。

 縁側に貼られた和紙の障子はカエデなどが挟み込まれ、繊維の濃淡とともに自然光に透けて美しく浮び上がっていた。メールの発達で筆離れが進んでいるが、繊維の重なりやペンのにじみを楽しみながら、久々に誰かへ便りを出したくなった。

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原料となるコウゾは粘りと強度があって和紙づくりにもってこい

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水に溶かした糊とコウゾを木枠の簀(す)で漉いていく

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障子に使えるほど薄いものから書画向けの厚手まで。宮田さんの和紙に詩や似顔絵をしたためた礼状が全国から届く

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1999年開催のくまもと未来国体で採用されたい草入り和紙

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家の前を流れる水無川の支流。この清らかな水が美しい和紙を生み出す