熊本の工芸品

天草陶磁器の歴史
天草陶磁器は、日本一といわれる豊富な天草陶石と陶土を使って焼かれる磁器および陶器です。
磁器は、純度が高くて良質な天草陶石を使い、透明感のある純白や、いすの木を使った木灰釉によるあたたかみのある風合いの作品が特徴です。
また、陶器は、性質の異なる釉薬の2重掛けの技法を用いたナマコ釉や黒釉を使った個性的な作品が多く作られています。
天草は、天領(幕府の直轄地)であったため、藩の御用窯的なものはなく、村(87村)ごとに庄屋がいて、それぞれ陶石を売ったり、焼物を焼いたりして、振興をはかっていました。
天草陶石は、元禄の頃から砥石として売り出されていましたが、正徳2年ころから磁器原料として、佐賀、長崎方面に供給され、やがて全国へ広まっていきました。
天草島内では、延宝4年(1676)には、内田皿山で磁器が焼かれていることが古文書からわかっています。又、宝暦12年(1762)には、高浜村の庄屋上田家も肥前の陶工を呼んで磁器を焼き始めていることが記録に残されています。
一方、陶器は明和2年(1765)本渡村水の平において岡部家が焼きはじめ、さらに江戸後期にいたり、金澤家が陶器窯を始めました。
天草陶磁器は、200年以上にわたり絶えることなく焼き続けているところもあって、高い伝統性と若い感性豊かな個性的な作品が多いのが特徴といえます。

水の平焼

径31cm×高さ26cm×口径15cm.jpg

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内田皿山焼

径11cm×高さ40cm×口径8cm.jpg

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小代焼

高田焼

松橋焼

天草陶磁器