ジャンル
染織品
工芸品名
染織:草木染・木綿手織布・

ライン

工房名・地域
みなまたはぐぐもこうぼう
(水俣市)
氏名
かなさしひろ

ライン

粘土

工芸家プロフィール

1960年
岡山県に生誕。
大学卒業後、2年間就職した後、水俣生活学校で自給自足の暮らしを経験。
自家栽培による在来種のはくしゅう綿めんを使った木綿手織布や夫・かなさしじゅんぺいさんが漉いた和紙を原料とする、草木染など、自然環境と共生しながら昔ながらの機織工芸を今に伝える。

水俣浮浪雲工房の植物繊維の布づくり ▼

産業革命で機械紡績が始まるまでの長い間、人は、畑で植物を育て、あるいは山で採取して、植物から繊維を取り出し、糸を紡ぎ、草木で染め、機織りをして布を作っていました。
それは、自然の恵みとそれに向き合う人の知恵のたまもの、自然と共生する文化です。
一つ一つの工程に自然(植物)の特性と、それを活かす集積された知恵と経験が詰まっています。

綿の花

綿の花

和綿のおはなし ▼
綿は、世界各地に原産地があり、それぞれの風土に合った綿が栽培されてきました。
日本の綿(和綿)は、インド原産のアジア綿(旧大陸綿)で、繊維が太く、短く、中の空洞が大きいため吸湿性に優れ、高温多湿のアジアに適した素材です。
また、こしの強さ、弾力の強さも特徴的で陽に干すとパンパンに膨らみます。(布団にも最適)
この綿の紡績から産業革命(近代化)は始まりましたが、繊維の短いアジア綿は機械紡績には不向きとされ大量生産からおとされていきます。
今、私たちが着ている木綿の服は、全て、アメリカ綿、エジプト綿などの長繊維の新大陸綿で、和綿は、今や希少な綿となっています。

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綿から布ができるまで

1.綿の栽培(無農薬自然栽培) ▼
綿の栽培
5月に和綿(アジア綿)の種をまきます。7月から9月にかけて花が咲きます。

綿の花

花が咲いた後約50日間で朔がふくらみ、綿の実が下向きにはじけます。

粘土

2.綿摘み・綿繰り ▼
2-1.綿摘み
はじけた綿を摘み、天日で干します。

綿摘み

2-2.綿繰り
綿繰り機で種と繊維を分けます。(ローラーの手前に種がのこります。)

綿繰り

3.綿打ち ▼
綿打ち
布団店で繊維を均一にほぐす綿打ちをしてもらいます。
ふわっと均一に空気のはいった綿は、そのまま布団、座布団になります。

綿打ち

4.じんき巻き(巻き綿) ▼
じんき巻き
綿打ちした綿を一升マスくらいの大きさにちぎり、箸でくるくると巻きます。

じんき巻き

5.糸紡ぎ ▼
糸紡ぎ
この巻き綿を左手にもち、右手で糸車を回し、回転する錘(棒)の先で撚りをかけながら綿の繊維を引き出し糸にしていきます。
紡いだ糸は、萱(すすき)の茎(芯を抜いたもの)に巻いていきます。

糸紡ぎ

6.綛(かせ)上げ ▼
綛(かせ)上げ
萱に巻いた糸は、綛上げ台に巻き取って糸の綛にします。

 

7.精練 ▼
精練
綛にした糸を灰汁などのアルカリ性水で煮て、綿の繊維のロウ脂肪分を取り除きます。(脱脂)

 

8.草木染 ▼
草木染
明治時代に化学染料が入ってくるまで染は、全て、植物、鉱物によるものでした。古来の方法で(有害な重金属は不使用)、ミョウバン、石灰、鉄を媒染剤として使い、身近な植物を中心に染めます。(梅、クヌギ、桜、タブノキ、栗のイガ、マリーゴールド、茜、藍、玉葱の皮、櫨等)

以後 機織り以降の工程

インタビュー記事(2010年頃)

11月下旬。庭先に籠いっぱいに収穫されたフワフワとかわいらしい姿の白色や茶色の綿が並びます。
「この綿は、一般的な綿製品のものとは違うんですよ」そう語るのは、夫の潤平さんとともに水俣浮浪雲工房を営む金刺宏子さん。
現在流通する綿製品の大半が繊維が長くて柔らかい新大陸綿と呼ばれるものですが、宏子さんが栽培しているのは伯州綿と呼ばれる在来種(旧大陸綿・アジア綿)。繊維が太くて短いため機械紡績には不向きですが、吸湿性・速乾性に優れて丈夫なのが特長。かつて日本では各地でこの綿が栽培されていましたが、今ではほとんど栽培されていません。山陰で、機織を習った知人から綿の種を分けてもらい、毎年この種を大切に育てながら30年以上栽培してきました。

大阪出身の宏子さんとが機織と出会ったのは水俣に来てからのこと。大学時代に島根県のワークショップに参加した際、地元の子供たちが薪割りに励んでいる横で何も出来ない自分の不甲斐なさにショックを受けました。「何でもできる手になりたい」。田舎暮らしに憧れ、水俣生活学校で1年間、自給自足の暮らしを経験しました。そこで1年早く水俣での移住生活を始めていた潤平さんと知り合い、紙漉きの工房に参加と同時に機織の魅力に惹かれました。
「一昔前の田舎では、畑で作った綿から糸を紡いで機で布を織ることは、畑の野菜で料理をすると同じように日常のことだと聞いて。それなら私にも出来るかなと思ったんです」
種を取り(綿繰り)、綿打ちの後に糸を紡ぐ。綿の繊維は1cmにも満たないですが、糸車の錘(つむ)の先で撚(よ)りをかけ、1本の糸となります。で煮て不純物を取り除くせいれんのあと、草木染め。染料となるクヌギやゲンノショウコ・桜・ザクロなどはいずれも自宅の敷地内から調達したもの。こうしてようやく、機織前の材料が完成します。
この木綿手織布のほかに、珍しいもので紙布(しふ)があります。夫の潤平さんが漉いた和紙の天地を残して細く切り、天地を交互にちぎると一本の長いひも状になります。それを、水をかけながら糸車で撚りをかけると、紙の糸ができます。原料には和紙の中でも楮(こうぞ)の紙が最も適し、この糸で織った紙布は綿布よりも丈夫だそうです。紙と布は、太古から原料を共にする切っても切り離せない関係ですね。

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