工芸家プロフィール
高田焼上野窯の歴史
高田焼上野窯について
高田焼上野家初代 、尊楷(後の上野喜蔵)は、加藤清正に従い朝鮮半島から渡来した陶工で細川家の家人として豊前国上野村(現:福岡県田川郡福智町赤池上野字釜の口)に窯を開きました。寛永9年(1632年)に、細川家の肥後入国に伴い八代郡高田村に移り築窯、熊本藩の御用窯を担ってきました。以後、分家して三家となりましたが、明治時代に分家は廃窯、本家は1892年に窯を日奈久に移し現在までその伝統を守り続けています。
高田焼上野窯の歴史
高田焼上野家初代 、尊楷(後の上野喜蔵)は、加藤清正に従い朝鮮半島から渡来した陶工で細川家の家人として豊前国上野村(現:福岡県田川郡福智町赤池上野字釜の口)に窯を開きました。寛永9年(1632年)に、細川家の肥後入国に伴い八代郡高田村に移り築窯、熊本藩の御用窯を担ってきました。以後、分家して三家となりましたが、明治時代に分家は廃窯、本家は1892年に窯を日奈久に移し現在までその伝統を守り続けています。