インタビュー記事(2010年頃)
小さな工房にコツコツと響く軽やかな金属音。伊藤恵美子さんが繊細な力加減でハンマーを叩くたび、工具の先端が金属のカンバスに美しい絵を描き出します。以前は雑貨店の店長だった伊藤さん。「元々アクセサリー作りが好きで、何かオリジナルな作り方はないかと探していました。」2003年、熊本県伝統工芸館が主催する伝統工芸後継者育成事業に応募し、肥後象がんの技術を学びました。「肥後象がんを勉強するうちに、世界にはどんな象がんがあるのか気になって調べてみたんです。そして、スペインにもあることを知り、トレドという街に留学しました」ツテのないまま現地へ飛び、自力で“師匠”を探して弟子入りにこぎ着けます。
表面に細かい刻みを入れた鉄に、純金を埋め込んで意匠を作るプロセスはスペインも日本もほぼ同じ。決定的に違うのはデザインへのアプローチ。鉄の黒みと金のコントラストが耽美とされる日本に対し、スペインは純金部分が多く華やかです。「もし、双方の長所を融合できたなら・・・」伊藤さんの作品は自然と西洋的な要素を色濃くしていきます。モダンでシャープ、芸術品然とした気取りもない。従来の常識からすれば、それは異色とさえいえます。一見型破りな伊藤さんの作風に眉をひそめる先輩もいましたが、一方で、新たな感性の登場を歓迎する声もありました。「スペインに留学時、師匠に『象がんのチェ・ゲバラになれ。伝統に革命を起こせ』と言われました。型にはまらず、象がんのよさを伝えていきたいです」若きパイオニアは、まだ誰も歩いたことのない道をひとり切り開き続けています。