川俣 早絵

【郷土玩具 : 木の葉猿】
川俣 早絵(かわまた さえ)
木の葉猿窯元
−玉名郡玉東町-

 

木の葉猿窯元
禮三氏の三女として1980年生まれ。
南関高校の美術工芸コースで陶芸の基本を学び、奈良芸術短期大学の陶芸コースと専攻科で計4年間、大学院で陶芸の理論や技術を習得する。
学校を卒業後、禮三氏に師事して現在に至る。

永田 禮三

古代の埴輪や宇宙人を思わせるユニークな風貌の郷土玩具、木葉猿。その起源は、都が京都に移されるよりも前の奈良時代初期といわれています。地元で採れた土を砕いて作った粘土を使い、型は使わず指先だけで粘土をひねり、素焼きします。この素朴な玩具は全国的に知られ、江戸時代の小説「南総里見八犬伝」の表紙に、今なお作られている馬乗猿が挿絵として登場するほど。大正時代の1930年には、文芸倶楽部主催の「全国土俗玩具番付」で東の横綱にも選出されています。
明治頃までは4軒の窯元がこれを作っていましたが、現在残るのは木葉猿窯元の7代目となる永田禮三(れいぞう)さんのところだけ。20歳のころから父・武二さんのもとで修行し、父亡き後は妻の英津子さんが絵付けを担当しています。
さらに現在は、三女の川俣早絵さんが8代目として父と並び粘土をこねています。幼い頃から粘土遊びが好きで、小学生4年生のころ受けたインタビューでは「後を継いで両親を楽にさせたい」と語っていたほど。高校・短大・大学院と陶芸の基礎や理論を学び、一回り成長した姿で父へ師事しました。
「厳しいご時世ですが、私の代で消えてしまっては先祖に申し訳がたたない。現在は娘が若い感性で私が思いつかないようなものを考えてくれますよ」と嬉しそうに見せてもらったのは、昔の型を使った泥面子や香立て。素朴な土味はそのままに、洋間にも馴染むデザインや最近はくまモン商品まで。さまざまなアイデアは、早絵さんによるものです。