坊田 透(雅号:永芳)

【肥後象がん】
坊田 透(ぼうだ とおる)
(雅号:永芳)
−熊本市-

 

1937年京都府宇治市生まれ
終戦間際、家族で母の実家熊本へ移り住む
1955年京都駒井象嵌継承者川人芳男氏に師事
1962年肥後象嵌作家永代正一氏に師事、その後人間国宝増田三男氏に師事。西部工芸展入選、入賞(4回)
日本伝統工芸展入選(3回)全国伝統工芸士作品展「会長賞第一席」受賞
日本工芸会準会員
伝統工芸士

坊田さんが象がんを始めたのは18歳のとき。当時は就職難の時代でした。手に技を身につける職業がいいと探していたところ知人の紹介で京都の川人芳男氏に師事することとなります。象がんというものがあることも知らなかったとのこと。
「修行が始まったころは、反抗したこともありましたが、実際に自分の力だけでは作れないと思い知らされ、それからは毎朝の掃除に始まり、職人の世界で社会人として鍛えられました」。
お使い先でお客様が師匠の作品を見て腕がいいと話しているのを聞くうちに、憧れの存在に変わっていったといいます。その頃身に付いた“上手な物を見てその人より上手なものが作れるように努力する精神”は今でも変わらない坊田さんの信念です。
「昭和35年ごろ、熊本で米光太平(よねみつたへい)さんの刀の鐔(つば)や帯留めなどを見て感動し、熊本で肥後象がんを学ぶことを決意しました」。
当時、すでに一人前の職人として注文も受けていた坊田さん。米光氏に直接師事することはなかったが、何度も会い、アドバイスも受けました。熊本では象がん作家として活躍していた永代正一氏に師事。自分でも西部工芸展に作品を出すようになり、1965年ごろからは、自分の思うように好きな作品作りを本格的に行うようになり、現在に至ります。
「今後は肥後象がん師全体の技術のレベルアップや、古風な図柄にとらわれることのない抽象的なデザインなど、肥後象がんの可能性を広めていきたいですね」と坊田さん。

 

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