東 清次(雅号:光利)

【肥後象がん】
東 清次(ひがし せいじ)(雅号:光利)
−熊本市-

 

1952年生まれ
1971年、肥後象がん師河口知明氏に師事
1978年に独立
1980年、第4回伝統的工芸品産業振興協会賞受賞をはじめ、受賞歴多数
肥後象がんの伝統である布目の技術を磨き、現代のニーズにこたえる作品を目指す

東 清次

肥後象がん師が口をそろえて「もっとも技量が試される工程」と語る布目切りも、東さんの手にかかれば寸分の狂いなく精密に刻まれていきます。鉄生地にタガネを細かく打ち込んで表面をヤスリ状にして、金銀の細工を打ち込むのが肥後象がんの大きな特徴です。
「布目がキレイに入っていないと金銀をうまく打ち込むことができず、剥がれてしまいます。目が細かいほど繊細な文様が入ってすっきりと美しく見えます。」
細工をしたあと、まわりの布目を棒でキレイにつぶすと細工が一層引き立ちますが、こちらも腕の良し悪しが出るので気の抜けない作業。
19歳から肥後象がん一筋で技を究めてきた東さん。兄の友人である肥後象がん師・河口知明氏に師事し、7年間修行しました。ペンダントやタイピン、カフスといった装飾品から、ペーパーウェイトやペン立て、しおりといった文具まで幅広いレパートリーを持ちます。金銀で施す細工の文様は注文によってさまざまですが、金銀の板からこれらの形を抜き出すのに欠かせないのが、金型(かながた)。パーツにあわせて鉄の棒を彫り込んで作りますが、家紋などのように特殊なものだと、せっかく作っても1回限りという場合も。
東さんは鉄の板や塊から切り出したり曲げたりと、土台となる鉄生地の成型から自ら手がけます。完成したものは渋い錆(さび)色を帯びた鉄地ですが、よく目を凝らして表面を見るとゴマ状の斑点が見えます。これは、錆が上手く出た証しです。錆出しは特別な液を塗ったまま時間を置いて錆を出し、それを拭き落としては理想の色になるまで作業を繰り返します。湿気や気温によって回数や時間の見極めも変わるため、錆をうまく出すのも経験がモノをいいます。この後お茶で煮出してタンニンの作用で錆止めし、より黒さを引き出すために油煙(スス)と油を混ぜたものを何度か塗り重ねて焼き付け。銀色だった鉄生地は、深みを帯びた重厚な黒へと姿を変えます。
「私は師匠に学んだやり方を忠実に守り続けてきただけ。時間がかかって割に合わないかもしれませんが、子や孫にまで肥後象がんの良さを、これからも伝えていきたいですね」。