関 維一(雅号:光輪)

【肥後象がん】
関 維一(せき つなかず)
(雅号:光輪)
-熊本市-

 

1941年熊本県生まれ。
15歳で人間国宝の米光太平さんに入門
5年後に独立し、雅号を関光輪とする
淡交ビエンナーレ茶道美術公募展・淡交社賞奨励賞受賞をはじめ、入賞入選多数

関 維一

肥後象がんの世界に入って60年以上になる関維一さん。その作品は年を重ねるごとにデザイン性を増し、現代アートのような鮮烈さを帯びています。
関さんは第二次世界大戦中、疎開先の上海で生まれて終戦後に帰国しました。関さんの父親は家具職人でしたが跡を継ぐよりも肥後象がんの道を勧めてくれたそうです。そこで、ある刀研ぎ師の紹介を通じて人間国宝・米光太平(よねみつたへい)さんのもとに弟子入り。
今の技術では当時と同じ物は作れないといわれる中、関さんは肥後象がんの始祖といわれる林又七(はやしまたしち)の名作「桜九曜透象嵌鐔(さくらくようすかしぞうがんつば)」の写しの制作に仕事の合間を縫って少しずつ時間をかけて取り組み、2017年にようやく完成しました。極細のヤスリを使って透かし彫りで描かれていた桜は1ミリに満たない穴まで忠実に再現。手彫りとは思えないほど精密です。もちろん、一つでも彫り損なえばやり直しとなってしまいます。
「通常よりも堅い鉄を使っているので、穴一つ開けるのも大変ですよ。1週間も作業をすると飽きてしまう(笑)。でもね、誰もやらないからやってみたかったし、せっかくなら一番難しいものに挑戦したくて。」
半世紀以上を肥後象がんに注いできた関さんだが、辞めたいと思ったことは一度もないといいます。
「だって好きだから。好きなことを仕事にしてやってこれたことが、一番良かったかな。これからは縁起物など、喜んでもらえる物を作ってみたいですね」。