木山 勝彦

【天草陶磁器】
木山 勝彦(きやま かつひこ)
天草陶磁器 内田皿山焼 (うちださらやまやき)
-天草郡苓北町-

 

1944年熊本県天草郡生まれ
父の後を継ぎ、木山陶石鉱業所3代目に
1970年にタコ壺などを制作していた窯を引き継ぎ、古陶の陶片の発見を機に「内田皿山焼」を開窯し、手法を復元
次世代の陶芸家を育成しながら、多彩で手頃な作品を手がける

木山 勝彦

野生イルカが多数生息する天草下島の天草郡苓北町。国道389号線から少し入った広い敷地に「内田皿山焼」の工房が建ち並びます。窯を開いた木山勝彦さんは、もともと原料となる天草陶石を採掘する木山陶石鉱業所の社長でした。1970年にタコ壺などを焼いていた窯を引き取り、工房を造り直そうとしたところ、江戸時代ごろの古い磁器の陶片がザクザクと見つかります。すぐ近くには陶石の発掘跡も発見されたといいます。その後、町が行った発掘調査によってこの窯が1650年頃から約100年間にわたって磁器を生産していたことが判明。日本有数の歴史をもつ“幻の窯”を再興すべく、木山さんは本格的に食器などを中心とした天草陶磁器作りに取り組みむことを決意。その後、天草陶磁器の知名度を全国的にアピールしようと周りの窯元に呼びかけ、振興会を発足させました。2003年には天草陶磁器が経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されました。
自ら地元で採掘する天草陶石や志岐粘土を使い、磁器だけでなく陶器まで手がけているのは全国的にも珍しいといいます。さらに釉薬には、江戸時代の陶片にも形跡が見られる天然柞灰(いすばい)を使用。自ら柞の木を育てて特別に作っています。作られているのは手頃な日常使いの器が中心ですが、かわいい子ども向けの動物柄から伝統文様の壺まで、その多彩なバリエーションは県内随一と言っていいでしょう。開窯から40年以上、勝彦さんが中心となって取り組んできましたが、20年前からは京都で修行を終えた息子の健太郎さんが現代表としてさらなる新風を吹き込んでいます。