青木 修

【高田焼(こうだやき)】
青木 修(あおき おさむ)
伝七窯(でんしちがま)
-八代郡-

 

1942年旧満州奉天生まれ
1964年に伝七窯へ修行へ入り1965年独立、伝七窯窯元となる
九州山口陶芸展入賞3回、入選7回ほか
1976年から韓国で高麗青磁を学ぶ
1990年国際芸術文化賞受賞

青木 修

八代郡氷川(ひかわ)町で高田(こうだ)焼に取り組む青木修さん・克裕さん親子。
父・修さんは伝七窯の創設者である前田伝七さんのもとで仕事を手伝っていました。ロクロを回して仕事をしていた職人をみているうちに陶芸の魅力に惹かれていきました。その後、独学で焼き物の修業に入り、1965年7月1日、窯元ごと受け継ぐことに。
「最初は技術なんて教えてもらえなくて粘土づくりだけ。ロクロも原始的で粗末なものでしたが、夜中に工房へ忍び込んではこっそり練習してました。」
高田焼は、朝鮮出兵の折に朝鮮半島から連れてこられた優秀な陶工の一人・尊楷(そんかい)が作陶を始めたのが起源だといわれます。独特の土味と釉調を生かし、高麗(こうらい)風の象嵌(ぞうがん)を施したのが特徴です。
原料となる土はきめ細かいため、土作りがもっとも重要となります。
「少しでもほかの土が混ざったら、見た目ですぐに分かってしまう。大変な重労働で作業の大半が粘土作りといってもいいほどです。」
コンピュータ制御で焼き上げる方法もあるこの時代に、“自らの目や感覚で確かめる仕事をしたい”と昔ながらの作り方を守り続ける親子。1つひとつに個性を宿した作品を見れば、こだわる意味が理解できます。