匠の技と心 〜未来に繋ぐ熊本の工芸T〜(2019.6/18-9/1)

匠の技と心 〜未来に繋ぐ熊本の工芸T〜

匠の技と心

開催趣旨

 昔、人々は衣食住に必要なものを自らの力で整えていました。やがて、人々はそれぞれを得意とする人々の手にゆだね分業化することで、生活の向上と効率化を図るようになり、現代では機械が人に代わり、大量生産された商品がくらしの中にあふれるようになりました。
 このような社会の大きな変化の中にあっても、地域に根差した生活や習慣、伝統を背景に作られる手工芸は綿々と伝えられ、それらに携わる工芸家は継承されてきた技とともに、時代に合った新たな発想や技術を加えた工芸品作り出し、人々の生活を豊かにしてきました。
 今回、長きにわたりそれぞれのものづくりに邁進してこられた4名の工芸家の世界を、昨年熊本県が行った伝統工芸アーカイブ・情報発信事業で制作された映像とあわせてご紹介いたします。

 

関連企画

 

アーカイブ映像特別上映会

昨年それぞれの工房で撮影された制作風景(60分程度)を、工芸家とともに鑑賞します。
鑑賞後、簡単な交流も予定しております。

日程

時間

7月28日(日)

14時〜

川尻刃物  林 昭三 氏

8月 4日(日)

14時〜

きじ馬・花手箱  住岡 忠嘉 氏

8月11日(日)

14時〜

肥後象がん  坊田 透 氏

8月18日(日)

14時〜

竹工芸 宮ア 珠太郎 氏

 

 

会期

令和元年6月18日(火)〜9月1日(日)

主催

一般財団法人熊本県伝統工芸館

後 援

熊本県 熊本日日新聞社
NHK熊本放送局 熊本放送 テレビ熊本
くまもと県民テレビ 熊本朝日放送
エフエム熊本 FM791

会場

熊本県伝統工芸館 2階企画・常設展示室

休館日

月曜日(祝日または休日の場合、翌日が休館日になります)

開館時間

午前9時〜午後5時

入 場 料

一般210円(140円) 大学生130円(100円)
高校生以下無料()内は20名以上の団体料金
身体障害者手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳を提示で本人無料(介護のため同伴された方1名についても無料となる場合があります)

展示内容

林昭三氏の川尻刃物・宮ア珠太郎氏の竹工芸品・坊田透氏の肥後象がん・住岡忠嘉氏のきじ馬・花手箱などの展示の他、昨年撮影された制作風景の映像を上映。

 

チラシ

クリックすると拡大画像(pdf)がひらきます。

チラシ

匠の技と心 チラシ(.pdf)

川尻刃物 林 昭三(熊本市)

林昭三

 

1928年(昭和3)生まれ 
18歳で鍛冶職人の道に進む

 

 熊本藩時代、職人町として栄えた熊本市川尻町。なかでも川尻刃物の歴史は古く、室町時代に“波平行安(なみのひらゆきやす)”の流れをくむ刀鍛冶が始まりといわれています。
 林昭三氏は、3代続く鍛冶屋の4男として生まれました。徴兵でいない兄に替わって18歳で4代目としてこの道に入り、「川尻包丁」の鍛冶職人として70年に渡り様々な要望に応える刃物を作ってきました。
 林氏の包丁は、長年変わらない切れ味が特長です。型抜きによる単純工法で大量生産される包丁が主流の今、林氏が手作業で作る包丁は、せいぜい3日で10本程度ですが、柔らかい軟鉄に硬い鋼を割り込み鍛え上げる「割込鍛造」技法で作る刃物は、その切れ味の良さから多くの人が知るところです。

 

竹工芸 宮ア 珠太郎(山鹿市)

宮ア 珠太郎

 

1932年(昭和7)生まれ
14歳で竹工芸の道に進む

 

 宮ア珠太郎氏は、1950(昭和25)年熊本県立人吉職業補導所竹工科卒業後、1953(昭和28)年に上京。通産省工業技術院産業工芸試験所で雑貨意匠竹工技術研究生修了後、独立。日展、現代美術工芸展などに複数回入選。(社)日本クラフトデザイン協会理事、九州クラフトデザイン協会理事長、大分県別府産業工芸試験所所長などを歴任後、1991年に帰熊し制作を続けています。
 デザイン性を意識したシンプルで洗練された作品は、暮らしに役立つ生活の道具でありながらも、使う楽しみや喜びを兼ね備えた現代的な作品として高い評価を得、1992年国井喜太郎産業工芸賞受賞、2011年には再び日本クラフト展で優秀賞を受賞しました。
 2003年くまもと県民文化賞特別賞、2005年には地域文化振興の功績をたたえる文部科学大臣表彰を受けるなど日本を代表する竹工芸作家の一人です。

 

きじ馬・花手箱 住岡 忠嘉(人吉市)

住岡 忠嘉

 

1937年(昭和10年)生まれ
20歳できじ馬、花手箱の製作を本格的に始める

 

 きじ馬や花手箱などの郷土玩具は、約800年前に平家の落人によって始められたとされ、木材に赤、黄、緑、白の鮮やかな色彩が特徴です。
 毎年旧暦2月に開催される人吉の春の市では、露天に並ぶ「きじ馬」を男の子に、「花手箱」を女の子への土産として買って帰るのが習わしとなっていました。
 住岡忠嘉氏は、次第に作り手がへるなか、きじ馬・花手箱の復興に務めた初代の意志を受け継ぎ、木材と道具を見事に使いこなす匠の技で製作を続けています。
 1988年くらしの工芸展入選。1989年と1990年には日本グッド・トイ100選に「きじ馬」と「花手箱」が連続で選定されました。九州自動車道の人吉〜八代間、肥後トンネル出口(人吉側)には住岡氏がデザインしたきじ馬と椿を見ることができます。

肥後象がん 坊田 透(熊本市)

坊田透

 

1937年(昭和12)生まれ
18歳で金工の道に進む

 

 肥後象がんは、江戸時代初期に鉄砲鍛冶が鉄砲の銃身や刀剣の鐔に装飾として象がんを施したのが始まりといわれています。特に、細川忠興が時の名匠を召し抱えて製作にあたらせ、技量の奨励をはかったため、鐔や刀装金具類など数多くの名作が産み出され、全国的にも「肥後金工」として高く評価されました。
坊田透氏は、その技術を受け継ぐ伝統工芸士です。終 
戦間際、家族で母の実家熊本へ移り住み、1955年京都駒井象嵌継承者川人芳男氏、1962年肥後象がん作家永代正一氏、その後人間国宝増田三男氏に師事し腕を磨きました。
 西部工芸展で多数入賞、全国伝統工芸士作品展「会長賞第一席」受賞するなど、作品に新たな色彩や現代的な抽象デザインを取り入れ、第一人者として肥後象がんの可能性を広げています。

 

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