工芸家プロフィール
インタビュー記事(2010年頃)
熊本を代表する民話「彦一とんち話」に登場してくるタヌキをモチーフにした彦一こま。その作り手が井芹眞彦さん。「ほとんどの作業を一人で行うため、注文の半分も追いつかない状態で」ということですが、それでも年間2,000個を作り上げています。昭和初期から余技としてコマ作りをしていた井芹さんのお父さんは1947年から本業としてこまを作り始めました。井芹さんは34歳まで横浜で自動車メーカーの営業マンをしていましたが、1977年に2代目を継ぎました。「幼い頃から父の仕事を見たことはあったのですが、教えてもらえることはなくて」と、熊本に戻ってからはほぼ独学で彦一こまを作りました。仕事を通じて知り合った韓国のロクロ師の技術を見て覚えていったそうです。
彦一こまは笠・頭・胴体・土台を分解すると、それぞれがコマとして遊べます。「見た目の楽しさはもちろんコマのもつ意外性が魅力なんです」1つひとつがコマとしての役割も果たすだけに、余計に手間もかかります。人吉からサクラの木を取り寄せ、変形や割れを防ぐために半年かけて自然乾燥させます。ロクロを挽いて同じ大きさやカタチを作るのに10年はかかるそうです。使う道具はいずれも自作で、ロクロの他に色付けの回転台として使われていたのはレコードプレイヤーを改良したものです。今後の後継者が気になるところですが「儲かる仕事ではないので息子には勧められませんが、自らやりたいという言葉が出たら、任せたいとは思っています」。伝統的工芸品として、一貫して作り方やデザインを守り続けてきた井芹さん。コマの胴体には“肥後彦一”という墨文字が印字されていますが、これは印刷機のプレートに遺されている亡きお父さんの文字だそうです。「この文字を見ると、仕事を継いだ責任感を感じるんですよ。どんなに貧乏しても続けていかなければと。好きな仕事で食べていけるだけでも幸せです」