インタビュー記事(2011年1月頃)
指で木の感触を確かめながら、一枚の板にノミを入れる。木目の流れを見ながら一定の方向に向かって彫り進めていくと、雲のようなカタチの器が姿を現す…。小さな弁当箱の1段を作るにも3日がかりの作業だという。さまざまな木工芸を作っている甲斐武さん。木地の伝統的な作り方としては、ロクロを使った挽物や、部品同士を組んでいく指物、薄くした板を丸めた曲物などがあるが、甲斐さんの“
「挽物や曲物は円形のものとカタチの制限がありますが、刳り物の場合は、木の大きさの範囲内であれば自由にカタチを表現出来るのが魅力です」
工房とギャラリーを併設した自宅には、テーブルや棚といった木工家具をはじめ、香合やタバコ盆といった茶道具が並ぶ。こちらはお茶の先生だった母親の影響が大きいという。いずれも余計な彩色は彫刻などは一切入れず、木目の美しさが引き立つ上品なもの。物静かな甲斐さんの人柄と重なる。
若い頃は音楽が好きで、プロを目指して上京。ジャズバンドで演奏をしていた。
今も工房の片隅には、大きなコントラバスが置いてある。
「楽器も木で作られたものでずっと触れてきましたし、昔から木で何かを作るのも好きだった。木工芸の道には自然に進んでいったようなものです」
学校で木工の基礎を身につけた後、木工家のもとを訪ねては見聞きしながら技を覚えた。甲斐さんが目指すのは、美術的要素の高い“木工芸”。
とくに木材は吟味を重ね、岐阜県や東京を中心に、日本全国を歩いて珍しい木材や変わった木材を探し集めている。
「手元にある木材は約30種類。適材適所で使い分けています」
見せてもらった木材は、美しい波線が入ったものや、丸がひしめき合ったものなど、今まで見たことのない木目ばかり。これらを一つひとつ説明してくれる甲斐さんの表情は輝いていて、木への惜しみない愛情が伝わってくる。
木を活かすための仕上げとしては、主に漆が用いられる。
「木を成型するより漆を塗るほうに時間がかかり、長いものでは3カ月ほど。キレイに塗ったつもりでも、色がおかしくなったりムラが出たりと、思わぬ乾き方をする場合があって難しいですね。それでも、漆の美しさは、ほかの塗料にはないものがあります」
耳をすますと鳥や虫たちの鳴き声が聞こえてくる山林の工房兼自宅は、作業で大きな音を立てても周囲に迷惑をかけず、仕事に没頭出来る静かな環境を求めて見つかった理想郷。創作活動にはもってこいの暮らしの中で、頭に詰まったアイデアを一つひとつ具現化している。