熊本県伝統工芸館の建物について
熊本県伝統工芸館は伝統工芸品の展示・販売や体験イベントなどを通して、生活と伝統工芸品を繋ぐ場所として1982年に建てられた施設です。設計者の菊竹清訓さんはダイナミックなデザインの建物を設計することで有名な建築家ですが、この建物は、ともすれば周囲の景観に同化するように落ち着いていて、語弊を承知で言うなら、“菊竹さんらしくない”佇まい。館内に入っても、色鮮やかな工芸品に目を奪われ、建物の造形のことに意識が及びません。ですが、当時の設計当時の記録をみると、驚いたことに、この小さな建物を設計するにあたり、菊竹さん自らが県内各地の工芸品の産地を見て回り、作家から直接聞き取りをしているとのこと(このときアテンドした方が「そこまでする建築家は見たことがない」と述べています。)その理由として、菊竹さんは「(展示物の)内容や機能をよく知らなくては、その“器”としての建築は手がつけられない」と語っています。そこまで考え抜かれた末の“器”があの姿です。
工芸品の展示について(1982〜2024年) ▼
工芸品の展示も、従来の「古くからあるものをガラスケースの中に陳列させる」というスタイルは取っていません。“伝統工芸”は現代と将来に遺せなかったら意味がないという考えの下、作家とユーザー(県民)が接触できる場を作ったり、工芸品は「触覚」に関する情報が多いという前提で、展示物を手に取って見られるようにショーケースがなかったり、という、当時としては新しい試みもなされています。どんな複雑な建物だって設計できる世界的建築家が丁寧に創り上げた熊本県伝統工芸館の構想は誠に正しく、竣工から40年が経過した現在でもほぼ、初期に想定したとおりの使い方がされています。もちろん建物も、オリジナルのデザインを保ちつつ細やかな維持補修を重ね、大切に使われています。(2019年3月時点)※取材当時の内容となります。
熊本県伝統工芸館のディティールについて
工芸館は、菊竹清訓さんが、可能な限り展示物とその作り手を目立たせることを第一に考えて設計した建物です。展示されている工芸品にばかり目を奪われ、建物の細部にまで意識を向けると、ドアハンドルや手すりなど建物のディテールからもその思いが伝わってきます。熊本県伝統工芸館は、主役である展示物とその作家を際立たせるため、菊竹さんが持てるセンスとアイデア、スキ ルが惜しみなく注がれている名建築です。
外壁 ▼
この建物を初めて観て「前川國男さんの設計かと 思った」とおっしゃる方が少なくないのですが、 その一番の理由がこの、外壁を覆う打込みタイル。前川さんが考えた工法で、外壁にタイルを打ち込 んで、剥落しにくいようにしてあります。 菊竹さんの建築には珍しい施工だそうですが、先 に熊本城の城郭内に竣工していた熊本県立美術館 本館(1976)との調和も考えてのことと思われます。
ドアハンドル ▼
西側屋外のドアハンドルは風雨に晒されて変色しているのも、味。右は屋内。ほとんどの扉が観音開きで、線対 称の形のドアハンドルが2つセット。透明部分はアクリルのドアハンドル。館内外のドアに取り付けられている押し手(引き手)は、握りやすいようにデザインされたアクリ ルの板を、金物で支えるつくり。菊竹さんが一時期師事した大建築家・村野藤吾さんの建築でも似たパーツがよく見られます。工芸品のような美しさは、この建物にもぴったり。
吹き抜け ▼
1階から2階への吹抜けはトップライトになっています。更にルーバーとシャンデリアが 取り付けられ、天候や展示物に 応じて光の量を変えることが できます。シャンデリアは造形家・伊藤隆 道さんによるオリジナル。当初 は和紙の笠が貼られていたそう(熊本地震により破損)。
階段 ▼
2Fへの中央階段
個人的な感想ですが、この建物で一番、菊竹さんらしさが出ているのは、吹抜けの階段。段部が 厚いコンクリートで強調された階段を横から見ると、菊竹さんの建築だなぁと思います。最下段を地面から少し浮かせてあり、階段全体が軽やかに見えます。手摺はすべて鉄製(手打ち)で人の手でつくられています。
地階(地下和室・地下会議室) ▼
地階のファサードも印象的。内部は洋室 と和室。洋室の床には、菊竹さ んが「この建物のテーマカラー唯一強い色を使った」と説明する紫色(霧島つ つじの色)の絨毯。ドアハンドルも必見。
引用:熊本ビル部 2019年3月/2022年8月改定
ページTOP/HOME