ジャンル
あまくさとう

ライン

工房名・会社名・地域
あまくさとう みずだいらやき
天草市
氏名
おかのぶゆき

 

岡部信行

工芸家プロフィール
1937年
熊本県本渡市に生誕。
信楽で3年間、京都東山で4年間修行。
1969年
家業に従事する。
2005年
天草文化協会 島の匠賞受賞。
2006年
叙勲 瑞宝単光章を受ける。

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あまくさとうは熊本県に4つある国指定の伝統的工芸品の1つで、あまくさとうには、日本一といわれる良質なあまくさとうせきを使って焼かれると、地元の陶土を使って焼かれるとうがあります。
は、純度が高く良質な天草陶石を使用した透明感のある純白や、木灰釉の風合いがある作品が特徴で、とうには、性質の異なる釉薬の2重掛けの技法を用いたなまこ釉や、黒釉を使った作品まどが作られています。

工芸品紹介ページ:あまくさとう

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インタビュー(2010年頃) ▼

みずだいらやきについて
1765年、岡部常兵衛氏によって創業。なまゆうの元祖「みずだいらやき」は240年以上の歴史を重ねます。
3代目・弥四郎氏が従来の水の平焼に一層の改良を加えて作品を作り上げ、1877年内国勧業博覧会で花紋章牌を受賞、水の平焼の名を全国的に広めました。
さらに5代目・源四郎氏が着色釉の研究に取り組み、赤海鼠釉を開発。水の平焼の大きな特色となりました。そして現在、7代目・信行さんと8代目・祐一さんがその技術を伝承しています。

 

水の平焼のなまゆうについて
海鼠釉は、最初に下ぐすり(釉薬)をかけたあと、ワラ灰を使った釉薬をもう一度かける二度掛けが特徴。最初に鉄分が多い釉薬をかけて乾かせた後、2つめの釉薬を重ねると、それらが混ざり合って海鼠の肌のような色の深みが生まれます。
「釉薬の原料は木やワラの灰を使うため、自然の影響で成分や発色も変わります。思わぬ変化が魅力の半面、同じものを作りたいときには苦労しますね」

 

材料の土について
簡単に材料をそろえることもできる時代ですが、作り手として自分で原料を吟味して納得しないものは使えないと岡部さんは語ります。「原料の確保が一番大変です。たとえば釉薬には酸化第二鉄を使いますが、崖の地層から鉄分の多い土を選んでも、自然なものだけに質の変動が激しい。
現在は鉄分の多い阿蘇の黄土を使っていますが、これもまた均一ではなくて」黒みがかった従来の青海鼠は土がベースの陶器だが、赤海鼠は天草陶石が原料となる磁器。5代目がその特徴となる“赤のもと”を福岡の山から舟で運び、信行さんの代まで3代かけて使ってきました。「色も質も完全にこれだというものは、なかなか。“次はもっと良いのが出来る”という想いに取りつかれていくんですよ」

 

次の世代へ
現在、8代目の祐一さんは守り継がれてきた釉薬を使いつつ、色の使い方やデザインの見せ方で自分ならではのものを追究。弟の俊郎(としお)さんは磁器を専門とし、水の平焼 器峰(きぼう)窯として開窯。頼もしい2人の担い手が、新たな伝統を紡いでいくことでしょう。

 

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映像でみる天草陶磁器 水の平焼の製作工程
岡部信行 氏 アーカイブ映像

みずだいらやきは、優れた陶石の産地として名高い天草島で、明和2年(1765年)に初代 岡部常兵衛氏によって創業され、今日まで250年以上、中断なく継承されてきた窯元です。代々の窯元が時代に合った工夫を重ね、なかでも5代目の源四郎氏は釉薬の研究に取り組み、水の平焼の代名詞とも言える海鼠の斑点のような模様が現われる赤海鼠釉を発明しました。
岡部信行氏は、その7代目を受け継ぐ陶芸家です。有田で学び、信楽で3年、京都で3年修業の後、先代の久万策氏のもと家業に従事しました。三代に渡り使用してきた釉薬原料の枯渇により、赤海鼠が一時期制作できないという困難な時期がありましたが、独自の配合を研究し復活させました。釉薬の重ね掛けが生み出す独特の海鼠模様は、今も工芸ファンを魅了し続けています

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