インタビュー記事(2010年頃)
躍動感に満ち、今にも動き出しそうな龍や虎。優美な花鳥風月といった“静”をモチーフにしたものが多い肥後象がんの中で、肥後象がん師・稲田憲太郎さんが選ぶ題材は生き物を写し取った“動”の世界。もともとは武士たちが持つ刀の鐔(つば)などの装飾から派生した肥後象がんだけに、ベルトのバックルなどにカタチを変えた現代を生きる侍たちのステイタスといった印象です。稲田さんは、叔父や生まれ育った家の貸主が肥後象がん師だったため小さい頃から自然に肥後象がんの魅力を身近で触れてきました。17歳で象がん師になることを決意し、高校を卒業すると米野美術店で肥後象がんの基礎を学びました。その後肥後象がん師・河口知明氏に弟子入り。合計7年間の修行を終え、27歳で独立しました。現在も多くの象がん技術に触れながら、技術を高めることに力を注いでいます。
大きな鉄板から鉄地を切り出して成型して象がんを施していきますが、通常だと平面の鉄地の中に象がんを施すところを、稲田さんの場合は鉄生地をヤスリで削って輪郭そのものをデザインしていきます。「これに象がんを施すので多少手間はかかりますが、立体的に仕上がり躍動感が生まれます」。また、渋い鉄地の決め手となる錆付けに使う液も、独自に調合したものを使います。この液を刷毛で付けながら焼いて目の細かい錆を出し、これを日本茶で煮ると、タンニンが付着して錆び止めの第一段階が終了。続いて食用油と油煙(ゆえん)というススを調合したものを塗り、拭いて焼く作業を繰り返すと錆が止り、酸化皮膜を張った状態となります。「錆び付け液は既製品もありますが、仕上がりが全然違います。象がん師によって材料も作り方も全く違いますね」ターゲットはとくに意識せず、若い男性たちにも使ってもらえるようなデザインを心がけているといいます。ただ、その複雑な作業工程ゆえに安価ではないため、特注のバックルなどは40代後半のおしゃれを知り尽くした男性たちに人気のようです。
「肥後
肥後象がんの伝統技術と現代的感性をもって、令和の世に挑む。そんな若き志士の活躍に期待します。